遺伝子検査を受けた。犬の話である。
遺伝子の傾向を知ることで、その個体がどのような病気に罹りやすいか、などのリスクを知ることができる。そうすれば、犬の食事や生活などを、飼い主が気をつけてやることができる。同じく近年では、人間も遺伝子検査が簡単にできるようになった。人間には「個人情報」という概念があるがゆえ、犬と比較して、問題が複雑になる。遺伝的に、ある病気のリスクが高い、などということが他の人に知れると、不利益になることが起こりうるからだ。解りやすい例は保険の契約であろう。保険会社が被保険者のリスクに応じた価格を設定できるとしたら、会社としては大変儲かるはずだ。だが、それは今の社会では、差別にあたるものであるから、実現は困難だ。だが、何かしらの手段で、商品化はなされるだろう。個人情報を開示することで安くなるなら、という人の需要もそこにはあるからだ。個人情報の開示による利益とそれに伴うリスクは常にトレードオフの関係である。人間は面倒な生き物だ。
犬の遺伝子検査は、キットによって行われる。(人間のものもそんな感じだろう)
口の中の粘膜を採って、郵便で海外の検査会社へ送る。そして検査結果は、インターネットを介して送られてくる。と、ここまで知ったようなことを偉そうに書いてきたが、遺伝子検査のことも、会社の選定も、粘膜の採取も、すべて妻が行った。私にはそのような知識がなかったし、粘膜を採取せよ、と言われても何を行ってよいのかすら実際のところ分からない。
そのようなことで、妻がすべてのことを行った。
さて、どのような結果が出るのか。
一体ユクにはどのような犬種の遺伝子が入っているのか。「ミヤコラッセルテリア」と勝手に命名していたが、本当にジャックラッセルテリアが入っていたりすれば、そのお墨付きを得られるようなものだ。
そして無事(パンデミックを理由にやたらと時間を要していたが)、結果が届いた。
妻から「あなた、大変」というメッセージと共に、ウェブページへのリンクが届いた。リンクを開くとユクのページが現れた。
「100% Formosan Mountain Dog」
100%?ユクは雑種であり、様々な犬の遺伝子が含まれているに違いない、と思い込んでいただけに、100%という結果にまず驚いた。しかもフォルモサンという聞いたことのない名だ。調べてみると、フォルモサンというのは「台湾」の意味らしい。ユクのルーツは台湾なのか。
ユクは宮古島で保護された犬だ。地理的には、そこに台湾をルーツに持つ犬がいるということはとても自然なことだ。
さらにインターネットで調べてみる。
台湾が大陸に繋がっていたころ、インド辺りから狩猟犬が持ち込まれたそうだ。やがて台湾が島となり、大陸から離れる。それらが、交配を重ね、台湾の山がちな地形に適したフォルモサンという犬種になっていく。その後は、人間の歴史に翻弄されることとなる。台湾がオランダに統治され、オランダから他の犬種が持ち込まれる。グレイハウンドやポインターといった種だ。ご承知の通り、さらには日本の統治下にも置かれる台湾。日本も別の狩猟犬を台湾に持ち込んだそうだ。つまり、台湾犬、フォルモサンといった純血種は、歴史の狭間で交雑種化を余儀なくされた。
その後研究者たちが、フォルモサンの純血に近い犬を多数見つけ出し、フォルモサンの維持に、ここ数十年は尽力されているそうだ。つまり歴史的には、フォルモサンの血を引く犬たちは沢山存在するが、純粋なフォルモサン、あるいは台湾犬としての存在は絶滅に直面している、というような説明の難しい状況になっている。(フォルモサンと台湾犬も同じ犬種ではないそうだ)
遺伝子検査をしたおかげで、フォルモサンという犬種や台湾犬という存在について知ることができた。フォルモサンの歴史から考えれば、「100%フォルモサン」と断言することはどうかと思われるが、台湾や宮古島という島の中で交配を続けてきた犬たちが生き延びてきたことを想像すれば、あながち間違っていないかもしれない。案外血は濃いと思われる。
色々と調べたり想像したり繰り返した結果、ユクは、「純血の雑種犬」という称号を得たような気がしている。
気になっていた遺伝的な病気については問題がなく、安心した。そして、何よりフォルモサンマウンテンドッグという犬種は病気に強いらしい。「純血の雑種犬」らしいではないか。