犬の行きたいところへ連れて行ってやれなくて罪悪感を持ったことは、前に書いた。二階堂方面ではなく、鶴岡八幡宮の方へ毎日行こうとするので、海にでも行きたいのだろう。しかし、海に行くとなると二時間はかかる。平日にそれは無理なので、週末に行きたいところへ連れて行ってやろうと考えていた。
朝の散歩から少し遠出をした。そのつもりはなかったのだけど、なんとなく感じていた罪悪感がそうさせたのだ。ユクに引かれるまま、山道を駆け上がっていった。この道を抜けるとどこに出るのか、という冒険する感じがまだある。散歩するルートを探っている段階であるからだ。ただし、大体この方向に行けばあそこに出るだろうというくらいの方角に対する感覚はある。

朝から山に入る前、犬を呑気に撮影していたら、電池の残りが赤く表示され、なんと数パーセントであった。折角の冒険であるのに、写真に残せないのは残念だ。
こういう時にいつも思い出すことがある。「ダメおやじ」という、今ではコンプライアンス的に放映できないであろうアニメーション作品があった。鬼のような妻と子供たちに夫がいびられる漫画だ。これがギャグ漫画として成立していたのは、絶対的に「親父」は怖いものであり、その存在が徹底的に虐めを受けることなど考えられなかったからだろう。
その「ダメおやじ」のエピソードの中で、カメラがないことを嘆く息子に対して、「心のフィルムに焼き付けるのだ」というようなことをダメおやじが言うものがあり、そのことをいつも思い出すのだ。

実は「いつも思い出すという話をある友人に聞いたことを思い出す」というのが正しくて、その回を私は見たことがない。だから本当にそのようなエピソードがあるのかすら怪しいし、保証しないということを付け加えておきたい。

だが、この散歩において、問題なのは写真に残せないことではない。場所がわからなくなることの方が問題なのであった。山を下り、大町辺りに出てきたものの、スマホの電源はオフである。つまりマップのアプリが使えない。

大町からは隧道を抜けて小町の方へ抜けていけるはずである。今日はそのルートに挑戦したかったのだ。大町は袋小路が多い。通り抜けていけないのだ。通り抜けができない以上、その道に迷い込むと、「犬を連れた怪しいやつが来た」と怪訝そうな顔をされてしまう。いや、本当はそんなことを思っていないかもしれないが、こちらがそのように身構えて、心配してしまうのだ。

結局大きな通りに出てから、少し遠回りをして、確実に帰ることのできるルートを選択した。
ユクがいても守ってくれるわけではないが、迷っていても不思議と寂しくないし、怖くもない。
