花や木の名前を覚えられない。茶人としては致命的である。
そもそも覚える気がないのか、そんなことはない。興味がないといえばそれまでだが、もう少しなんとかならぬものか、といつも思う。
散歩をしている途中、妻に、あれは何という花か、と問われるも、まったく正確には答えることができない。ひまわりやチューリップなら、まだ分かる。曼珠沙華もあまりにも特徴的なので区別がつく。
茶の湯の稽古をしている身としては、もう少し、花の名など知っておいたほうが格好が付く。大して知らぬのに、床の花を見ながら、あちらはなでしこでございます、などと偉そうに申し上げたりするが、付け焼き刃の口上であることは言うまでもない。
九月が後半に入り、少し涼やかな風が吹き始めた頃、その風に乗って、金木犀の香りが漂ってきた。花はよく知らなかったが、金木犀の香りはよく知っている。
ユクだって、玄関を出て、あら、という表情をしていた。なんと言ってもユクは匂いが第一の生き方をしている男である。季節の香りを感じ取っているのだろう。
秋の香りが漂ってこようが、地面や草を匂うことに忙しい。
私は、鎌倉にやってきてから、ようやく、金木犀の木が分かるようになった。