生まれてまもない子犬状態からしつけができれば、色々と問題がなかったかもしれない。スーパードッグトレーナーなら、いまからでも間に合うかもしれない。ユクがうちへやって来たのは、生後八ヶ月齢くらいだったので、一応は子犬であった。たしかに来た頃の写真を見ると、少し幼さが残っている。ずっと一緒にいると分からないものだが、子犬っぽさがあった。
それに比べると、今は精悍な顔つきになった。いや、それは褒めすぎというか、言葉選びの妙というか。北鎌倉駅前で、踏切が開くのを待っているときなど、道行く人に「勇ましいお顔」だとか、「キリッとしている」などとお褒めの言葉をちょうだいすることがよくある。皆さん、良いように表現してくださる。そのように褒めてくださる方が、手を差し伸べてきたり微笑みながら近寄ってくれたりすると、ブワッオ、と少し跳ねながら軽い威嚇の声を発してしまうのが、いつものユクの反応だ。
つまりは、勇ましいわけでもなく精悍なわけでもなく、ただただ「偉そう」なのである。
お散歩中、おやつ祭りが開催されることがある。お散歩中の犬が集まり、飼い主さんたちが集まった犬たちにおやつをくださる祭り状態のことを指す。犬たちにとっては最高のイベントである。ユクもこのおやつ祭りに遭遇できることを大変楽しみにしていると思う。
おやつが絡むとユクの態度は良くない。お家で、「マテ」「ヨシ」などの訓練はしている。だが、他の犬がいない状況での訓練であるので、祭り状態のときに、その成果はまったく発揮されない。どの犬よりも前に並ぶユクには、茶の湯の「お先にどうぞ」の精神が微塵も感じられない。ユクは茶人でも茶犬でもないから仕方がないが。
一番前に並ぶだけならまだしも、他の犬が寄ってきたときに諍いに発展することもよくある。食い意地を一切隠さない。
ユクのために少し書いておく。
おやつ祭りのときだけでなく、初対面の犬や、何度も会っているがどうしても仲良くできない犬に対して、ユクが威嚇態勢に入ることがある。こういうときはやむなくユクを抱き上げる方法を採っている。そうすると、ユクは大人しくやり過ごせるのだ。実際、このようにする飼い主の方も多い。抱き上げるから、いつまでも吠え癖が治らないのではないか、とのご意見もあろうが、簡単には治らないので、そうしている。
抱き上げたとき、私の手にユクの鼓動が響く。これが笑ってしまうくらいに早い。ドキドキしている。つまりユクは、怖いから一世一代の大勝負に出て、威嚇的な態度に出ているものと思われる。抱き上げられたユクは、大人しく抱き上げられたままで、降ろせ、とはならない。相手の犬が遠ざかったら、降ろせ、と暴れる。この様子を見ても、抱かれていることは少し「助かった」という気持ちがあるに違いない。
降ろした途端、また偉そうな犬になる。