犬はどのような犬でも人に撫でられるのが好きで、こちらが大きな声で喜びながら近付くと、犬も尻尾を振って喜ぶものである、と思っていた。犬を飼うまでは。それは大きな間違いで、大声出して駆け寄って行こうものなら、吠えられるだけならともかく、犬によっては噛み付かれるかも知れない。犬にも色々いて、人に撫でられるのが好きな犬もいるが、そうではない犬も沢山いる。そのようなことは、よく考えれば当たり前のことだが、犬と暮らすにあたってようやく学んだことだ。ユクはむやみに知らない人に撫でさせない。
ユクは保護された犬なので、元は野良犬だ。簡単に人に心を許さない警戒心は野良時代に形成されたものか。保護される前、どのような暮らしをしていたのかは分からない。沢山の犬を見てこられ、ユクを預かってもくださっていたボランティアの方によると、その振る舞いから、ユクは人間から食べ物を貰っていたように見受けられる、とのことだった。確かにユクは人間から食べ物を貰うのがとても上手い。妻はいつもユクに見つめられておやつを差し出している。いや、まあ、私もだ。
散歩中のユクを観察していると、人より犬に興味があるようだ。出会う犬達に興味津々である。遊びたくて仕方ない。相手の犬に拒絶されることもあるが、そのときはちょっとした苛立ちを見せつつ、引き下がる。だが、犬の飼い主さんがうちの子とは触れ合わせないよ、という動きをそもそもしたとき、つまり犬にではなく人の手によって拒絶されかけたとき、ユクは敏感にそれを察知し、大いに苛立つ。どうしてボクを近付けないんだよう!という感じで暴れる。
「怪しい格好」といえば失礼だが、たとえば、帽子を深く被りサングラスをかけ、マスクをしていて、大きなリュックを背負っているようなおじさんとすれ違うときには、ワン!と一喝するか、小さく唸る。もしかして私たちを守ってくれているのだろうか。
ゴロゴロと転がすタイプのスーツケースも要注意だ。スーツケースを、完全に生き物だと思っているようで、警戒するし跳びかかろうともする。そして、小さな子供に対しても警戒心が強い。これに関しては、野良犬時代に何か子供との良くない記憶でもあるのではないか、という感じもする。子供のときは皆無邪気ではあるが生き物に対して残酷でもある。
グーグルマップでユクが保護された辺りを見たりして、野良犬時代の暮らしを想像する。お母さんや兄弟とは、いつはぐれたのか、崖からでも落っこちてはぐれてしまったのか。それとも、事故にでも遭って脚を骨折してしまい、ついて行けなくなったのか。実は子供たちと遊んだりしていたのか。はたまた、おじさんにぞんざいな扱いを受けたりしたのか。
野良犬時代のことは、永遠に知り得ないが、子犬でありながら、何とか生き抜いてきたことは尊敬に値する。犬ってのは凄いね、などと考えていると、またユクに見つめられてしまっていた。今日のおやつはもう、ない、よ。