ブラジリアン柔術の試合に出てきた。
齢五十を過ぎて、こんなことをする人生になろうとは想像もしなかった。煙草の煙が漂うライブハウスに出入りをし、不健康そのもの、運動やフィットネスとはほど遠い人生を歩んできたからだ。
十代までは運動が得意で何でも「そこそこ」上手に出来た。この「そこそこ」がいけない。努力もせずに要領を得て、それで満足してしまうのである。そして、飽きやすい性分でもあるので、コツコツと積み重ねるようなことをなるべく回避してきた。
その点、音楽は良かった。三分くらいで曲は出来てしまうし、反抗心旺盛な若者にとって、詩を書くことも容易かった。曲と詩がそろえば人前で歌うことができる。二十年以上、そのように生きてきたのだ。
さて、ブラジリアン柔術である。
同様に、最初は「そこそこ」上手くなった。が、続けていくうちに、コツコツと積み重ねなければならないところにぶち当たった。勝負ごとでもあるので、そこは誤魔化せない。
今頃になって、コツコツやる羽目になっている。若いころのツケを支払っているのである。
年齢を重ねてもなぜ大会に出られるかというと、ブラジリアン柔術の試合は、カテゴリーが細かく分けられているからである。帯の色(経験や上手さの目安になる)、体重(おおよそ5kgごと)、年齢(五歳ごと)でカテゴリー、つまり部門が決められるのだ。
同じ年齢の同じ体重の同じ帯色の人と試合をすることができるため、どのような体格、年齢でも参加しやすくなっている。
そうは言っても格闘技であることは間違いないので、関節技を極められることもある。その場合は即座に「タップ(参った)」すべきである。大会に出ている人たちは、ほとんどが趣味で柔術を行っているので、普段は普通に仕事をしている社会人だ。
だから試合で関節技を極められ、そこから逃げようとするときには、セコンドから優しい声がかかる。
「無理するなよ!」
そう、まったく無理する必要はないのだ。怪我をすると練習ができなくなるし、仕事にも支障が出てしまうかもしれないから。
ユクは、お散歩のとき、ワンプロ(犬のプロレス遊び)を行うことがある。これは完全に「無差別級」だ。カテゴリーが詳細に区切られていない。年齢も犬種も体格も様々だ。ユクは10kgと小型よりの中型犬なので、体格で優位に立てることは少ない。そのためか、相手にボディアタックをした後は、走り回って逃げることが多い。そしてまた近付いてボディアタック。ヒットアンドアウェイの戦略だ。ユクなりに考えているのだろうか。
うちへ来た頃は、ワンプロ中のダッシュで自分の脚が痛くなってしまい、キャインと声を上げたりした。後でびっこを引いていたりもした。そういうこともあり、ユクにも「無理するなよ!」とセコンドから声をかけてやることもよくあった。
ところが、このところを観察していると、しばらくワンプロをした後、つまりは相手の犬の周りを走り回ったりボディアタックしたりした後、急にその辺にへたり込んで、休んでしまうようになった。「君たちはまたそんなワンプロみたいな幼稚な遊びをしているのかね」といった風情である。相手の犬もキョトンとしている。