ユクとゆく

宮古島で保護された犬、ユクとの暮らし。

道を聞かれる男。隠しきれない関西風味。

人間の話だ。
私はよく道を聞かれる。よく、と言ってもどなたかと比較して申し上げているわけではない。要するに自分の勝手な感覚でしかない訳だ。それでも、よく道を聞かれるような気がしている。道を聞いて欲しそうな顔でもしてほっつき歩いているのだろうか、と鏡をじっと見つめるほどである。

なでてほしそうな顔。

二十五歳のとき、初めての海外で、ロンドンに一ヶ月間滞在した。米国はニューヨークに行くか、英国にするか、直前まで悩んだが、ピストルの所持が法律で禁じられている方を選んだ。車が走る車線も同じ側だ。道路を横断するとき、これは案外重要だ。

英語もろくに話せず、街のこともほとんど知らないよそ者である。そんな私に、このバスは何処そこに行きますか、というような質問をしてきた方がいた。ロンドンは確かに人種のるつぼで、あらゆる肌の色をした人々が暮らしていた。だから黄色人種の私が、住んでいて、街やバスの行き先に詳しくてもおかしくはないのかも知れない。それにしても、そんなにそのへんから来たように見える格好をしていたのだろうか。若者の貧乏旅であるから、きっとそう見えたのだろう。

まぁまぁ離れた海岸で地元顔するユク坊。

このように、旅行先で道を聞かれることも多い。普段からだらしない格好をしているから、近所の人であろう、と見られるのだろうか。
これに犬を連れていると、さらにその辺から来たように見える度合いが上がる。だから、ユクと歩いているときにも、道を聞かれることがよくある。

銭洗弁天前にて。(犬は中へは入れません)

過日。
浄智寺の参道を歩いているとき、二人組のご婦人に道を聞かれた。

銭洗弁天はこちらの方向でしょうか」

私は湘南生まれでもないし、育ちでもない。鎌倉へ来て五六年の経験の浅い者だ。だが、ユクと散歩に行くおかげで、鎌倉の道には詳しくなった。銭洗弁天と言われても、さっと答えることができる。

お話をしているとご婦人方は関西のイントネーションで話されている。どうやら銭洗弁天で待ち合わせもあるらしい。
私も関西人である。しかし、突然、「ワテも関西の人間ですねん。おかーはんたちどっから来ましたん」などと関西弁に突然チェンジするのも怪しい。道案内の信憑性も下がるだろうから、ここは鎌倉生まれ鎌倉育ちの顔をして標準語を貫き通した。

結構な山道だぜ。

銭洗弁天への方向は間違っていない。ご婦人方も、北鎌倉駅銭洗弁天はこちらって書いてありましてん、と仰っていた。間違ってはいないが、山の中を歩かねばならないし、一部谷のようになっているところを越えなければならない。私はご婦人方の履いておられる靴を確認した。歩きやすそうだが、山には不適切だ。
その旨お伝えして、方法を考えた。

化粧坂を面前に。

亀ヶ谷坂を越えて行く方法もあるが化粧坂という、難所がある。ご婦人方の靴では難しい。ぐるりとアスファルトの道を行くにしても時間がかかる。待ち合わせがあるようなので、これも駄目だ。

亀ヶ谷坂を軽やかに。

結局、北鎌倉駅まで戻り、鎌倉駅までひと駅電車で行ってもらい、そこからタクシーで銭洗弁天に行く方法をご提案した。我ながら良い解決案だったのではないか、と思う。

ご婦人方にご挨拶をして別れた。
「ほな、きぃつけて、いってらっしゃい」

ホッとしたところに、ばっちりの関西弁。