私は足を怪我している身だ。
怪我をしていても、それなりに歩くことはできる。お会いした人に怪我がバレない程度に歩くことができるようにもなった。それでも北鎌倉から由比ヶ浜まで、となると片道一時間はかかる大変な距離だ。
その日、ユクは鎌倉方面へ行くことに決めていたようだ。道の左側に身体を寄せて、左折の準備をしている。自動車教習所で教わる通りのやり方だ。実は二日前もこれをやられた。鎌倉方面には行ったのだが、由比ヶ浜までは行かず、段葛を鶴岡八幡宮方面へ少し歩いてお茶を濁した。段葛を歩く際、ユクは何度も立ち止まり、振り返る。海はあちらなんだけどな、という背中だ。私だって分かってはいるぞ、海は確かにその方向だ。
そして、二日後。
もう一度鎌倉方面を目指す。
仕方ない、私も心を決めた。今日は海まで行ってやろうではないか。今回も鎌倉止まりでは犬に申し訳ない。
海まで来た。私の脚は案外大丈夫だった。
由比ヶ浜は、外国人観光客と若者達でいっぱいだった。ユクははしゃいで走り出しそうな雰囲気だったが、何とかなだめて、走るのだけは勘弁してもらった。
ユクは、海に来ても水には入らない犬だ。波打ち際からは随分と離れた場所に、私達は腰を下ろした。ユクはおとなしく、座ったり伏せたりしながら、海の香りを楽しんでいた。満足そうな顔をしているので、私もうれしかった。
横に座っているユクに話しかけたり、撫でてやったりした。ハイタッチをして、おやつをやったりした。ふと、向こうに座りこちらを見ている若い男女が見えた。もう恥ずかしさを感じる心もない。ユクと私は仲良しのお友達だ。
帰りは堪えた。
鎌倉から電車で帰りたかったが、犬は乗れない。亀ヶ谷坂で足は棒になった。
海に行きたがった犬の願望を叶えてやれたので、足の痛みなど大したことではない。