ユクがスズメバチに刺されたことは前に書いた。
お散歩に出掛けてすぐ、家のそばで刺された。悲痛な声をあげて、しばらく情けない表情と格好をしていた。病院に連れて行く車中でも悲しい声を出していたほどだ。
私はスズメバチにも普通の蜂にも刺されたことがないので、どのくらい痛いのかは想像もつかない。蜂のほうも命懸けで刺してくるわけだから、それは相当なものなのだろう。
幸い、刺された直後に病院で処置をしていただき、お薬をしばらく飲ませて、ユクの経過は良好なようだ。傷跡にはなっていて、そこを自分で舐めたりしているが、人間に一応触らせてくれるし、腫れてもいない。ひとまず安心して良さそうだ。
だがしかし。
心の問題が残っているようだ。
お散歩に出掛けてすぐくらいに、ハッとした感じで尻尾の根元を気にするユク。もちろん、蜂は飛んでいない。どころか、蚊すらいない。それでも、尻尾のほうを気にして、怯えた感じで左右を何度も見返す。尻尾を下の方に丸め込んでしまって、へっぴり腰になっている。あれだ。スズメバチに刺されたことが蘇っているのだ。
犬は感情的に、いつまでも根に持ったり、恨みに思ったりはしないだろう。しかし、嫌なことに対する反射と学習については強力なものがありそうだ。刺された直前の何か、尻尾に触った感じとか、蜂の飛んでくる音とか、刺された場所そのものとか、何かを記憶していて、何かがトリガーとなって、刺されたことをフラッシュバックさせているのではないか。
「大丈夫だよ」とユクのお尻の方を撫でてやると落ち着く、と妻が言う。
そうやって、少しずつ、大丈夫である、ということを上書きしていってくれれば、と思う。虫が飛んで来たら、迷わずパクっと行こうとする癖をやめさせるために、少しは蜂を怖がったままで居て欲しいが。