ユクとゆく

宮古島で保護された犬、ユクとの暮らし。

半分降りたような人間の戯言。

平均寿命を参考にすると、人生の半分はゆうに過ぎた。四十を越えた頃は、まだ半分、という余裕を感じていた。百二十歳くらいまで生きるつもりでいたから、まだまだ三分の一だ、くらいに考えていた。ところがどうだろう、五十を越えた辺りから、心持ちが変わってきた。日本人男性の平均寿命である八十歳まであと三十年だ、と考えると、むしろいつ死んでもおかしくないではないか、と思うようになってきた。だらだらと犬と昼休みを過ごしている場合ではない。

昼休みの風景。

人生というものは可能性が減っていく旅だ。
小学生には可能性が沢山あるように感じる。中学生になればそれが少し減り、高校生ともなれば、さらにそれが減る。文系理系ということを決めなくてはならなくなり、さらに可能性の幅が狭くなる。ただし、可能性が少なくなった分、自分が成し遂げたいことへの焦点はより定まりやすくなるだろう。私は五十を過ぎた今でも、将来は何になろうかな、などと呑気に考えているものだから、なかなか何も成し遂げられないでいる。しかし、人生は残りわずかだ。いつ死んでもおかしくない。犬と広場で戯れている場合ではない。

広場最高!

ぼんやりと、歳を取ったら犬でも飼えれば良いな、と思っていた。それが、たまたま妻のおかげで実現が早まった。実際に犬と暮らしてみると、早くて良かった、と感じている。還暦を過ぎて、もしくは七十歳になってから、ユクのようなやんちゃな中型犬を飼うのは大変だと想像できる。

おりゃあ!

「この商品は一生物ですよ」と言われてもまったく心に響かなくなった。「一生」の残りが見えてくると、まぁ一生くらいは持ちますよね、としか思わなくなる。可能性が減る旅と先ほど申し上げたが、死ぬ可能性だけは高まる旅である。五十まで生きてこられたことを感謝しなければならない。

死ぬ可能性が日々高まる中で、いったい自分は何をしたいのか、と考える。突き詰めて、考える。よくよく、考える。

だらだらと犬と昼休みを過ごしたり、犬と広場で戯れていたい、ということになる。