夕方。散歩の時間だ。
あまり水分を摂らないユクのためにヤギミルクを用意してやる。ペットボトルに水を入れ、トリーツバッグにおやつを入れる。ドライTシャツを着て、ポケットの沢山付いたズボンに履き替える。ポケットには「ポイ太くん」が四枚忍ばせてある。散歩中、「ポイ太くん」を切らしてしまう事態だけは避けたい。統計上、一度の散歩でユクがトイレを四回以上はしたことがない。したがって四枚持つことに決めている。
ミルクを飲み終わると、ユクは定位置で座って待つ。散歩に行く準備が始まるからだ。散歩という大好きなイベントが待っているときは従順で助かる。座って待っている犬の首輪を外してやる。「はい!散歩行く人〜」と声をかけると、玄関にトコトコ歩いていく。今度はハーネスと首輪を付けてやる。最後にリードを付け終わり、散歩の準備が完了すると、ユクは関節に良いクッキーをもらえることになっている。ここまでが散歩に出かける前のルーティンである。
玄関を出て、ユクといつもの広場へ向かった。ポツポツと雨つぶが顔にあたる。空を見上げると、遠くまでどんよりとした灰色の雲に覆われている。ゲリラ豪雨と呼ばれるものではなさそうだが、すぐに止む感じでもなさそうだ。まだ、ユクのトイレは何も済んでいないので、引き返すわけにもいかない。天気予報を見ずに出てきてしまったので、ユクにレインコートも着せていない。
そんなことでユクに謝りながら、近くの屋根のある場所へ移動した。雨足がしっかりとしたものになってきた。「こりゃしばらくここでいないとね」と犬に話しかけ、段になったところへ腰掛けた。私の言葉を理解したと言うよりは、雨の様子を見て観念したのだろう、ユクも横に座った。
早くに梅雨明け宣言などするものだから、すっかり油断をしていた。しとしとと降る雨はやはりしばらく止みそうにない。ユクとぼんやりと広場のほうを眺めていた。下校する中高生たちが賑やかに通り過ぎていく。前を通過する自動車の運転手は、ハッとこちらを二度見する。
やがて、よく知っている、犬のお友達が通った。雨の中、散歩をされていた。ユクは興奮してそちらに走り出そうとした。いつもおやつをくださる方だから、犬というよりその飼い主さんに駆け寄りたいのだ。サラミのような形をしたおやつを沢山いただいた。ユクの代わりに、ごちそうさまです、と申し上げた。
しばらくすると、また別の知っている犬がやってきた。ユクのわがままなワンプロにいつも付き合ってくれる優しい黒い犬だ。普段は持っておられないのだが、この日はこちらの飼い主さんもおやつを持っておられた。ユクはご相伴に与った。
かくして、ユクはわざわざ歩き回らなくても広場の前で待ち伏せしていると、おやつを貰える確率が高まるということを学習したのではなかろうか。
三十分ほどで雨が止んだ。
いつもは帰りたがらないユクが、おやつにすっかり満足したのか、駅の近所で用を足すと、帰ろうぜ、という感じで家の方へ踵を返した。