ユクのお散歩でのお楽しみはおやつをくれる人に出会うことである。もちろん、道中の匂いを嗅ぎまわる「クン活」が第一目的ではあるが、その次、ときにはそれ以上におやつをくれる人と会うことも楽しみにしている。
おやつをもらうことは得意だ。まずは賢そうにオスワリをしてみせる。その場に、おやつ争奪戦におけるライバル犬がいる場合は、一番前に並ぶユク。お行儀が悪く恥ずかしい限りだ。苦笑いできまりの悪い飼い主をよそに、ユクは至って真面目な顔をして最前列に居座る。他の犬の前に肩を入れて、少しずつ前に並ぶ。すみません。
犬に目の前でオスワリをされれば、人間誰しも悪い気はしないだろう。よしよし、とおやつのひとつでもやりたくなる。ユクはそこを突くのがうまい。野良で磨いた技術だ。おやつをいただき、「ユクちゃん、良い子だねぇ」と言われながら、撫でられようとするその瞬間、頭をすばやく動かし、撫でようとしてくれた手をさっとかわす。「おやつと撫ではセットだよ」と言ったところで、知らん、という顔をしている。もう少し愛想を、と思うが、犬にそれを言い聞かせることは不可能だ。誠にすみません。
おやつをもらう直前までは、大変に良い子なのだが。
散歩中、親子と思しき女性二人組とすれ違った。すれ違いざま、お母様と思われるご年配の方が、ユクを見て「良い子だねぇ」とおっしゃった。特に芸をしていたわけでもなく、歩いていただけだったので、余程賢そうな顔でもしていたのか、と思った。しばらくして背中越しに声が聞こえてきた。「初めて会う犬に向かって尾っぽが、なんて失礼よ」と、娘さんがお母様に強い口調でおっしゃっていた。
「良い尾だねぇ」と言われたようだった。
いきなり尾をほめられたのは二度目である。
まったく失礼ではございませんよ。ありがとうございました。