若者は大体正しい。
そのように考えるようにしている。人類の進化に必要なことだと思われるからだ。本音を申しあげれば、歩きながらスマホを見ていたり、家族と食事をしているのにゲーム画面を見ていたり、重要な報告をLINEで済ませたり、イヤホンをしたまま他人と話したり、といったことを嘆かわしく感じている。が、それらすべてを含めても、若者は大筋において正しい、と考えるようにしている。様々なエラーは、人類が進化する上で必要な変化だと思うからだ。
スマホを見ながら歩いていると、電車や車に轢かれてしまうことが起こり得る。そのリスクを承知で、歩きながらスマホを見たいのであるから、そちらを優先する方向に世の中も動いているように見える。プラットフォームに落下防止のドアを設置したり、自動車に衝突防止センサーを付けるなどして、事故防止効果を高めているのがそれだ。
人も車も自動運転に頼り、互いにぶつかり合うことはなく、運転者も歩行者も何かしらの情報を常に取得しながら移動することができる未来はすぐそこまで来ている。
このように少し先の未来を想像していると、本当にそれで良いのだろうか、と、どうしても思ってしまう。それは、スマホもインターネットもなかった時代を知っているからに他ならない。簡単にものを調べることができなかったから、記憶することにもっと価値があった。字を綺麗に素早く書くという能力もそうだろう。それらは、記憶力や速く書く能力だけでない、他の何かが関連していて、人を豊かにしていた。
もっと前はどうだったろう。
録画機がなかった時代は、テレビ番組をもっと集中して観ていたに違いない。写真やレコーダーがなかった時代には、景色をじっくりと観ただろうし、人の話を、聞き漏らすまい、と身を入れて聞いていたはずだ。
集中力を発動しなければならない環境を自ら作り出し、そこに身を置くことでしか持続して集中するという体験をできないようになってしまった。私にとっては、映画館や茶室や柔術の道場がそのような場所に当たる。つまり、オフラインでいなければならない場所でもある。
ユクは、大変高い集中力を持っているように見える。食べ物に対しては特にその集中力が発揮される。外を歩いているときに、ストップと命令すれば止まってくれたり、マテと命令すれば待てるような犬になってもらうことは、都会で人と暮らす犬にとっては大切なことだ。その訓練をするのに最適なタイミングは食事のときだ。ユクは食べること命であるからだ。
おやつを手に握り、ユクに近付く。ユクの目はおやつを握るこぶしに釘付けだ。オテ、と言っても人間の目は見ていない。握りこぶしを見つめたままだ。何度もやっているし、もらえることは確実であるのに、目を離さない。すごい集中力を使っている。へらへらして、人間に愛想を振るほうが人間が喜ぶと思われるが、そのようなことを犬はしない。そこがまた犬の良い所でもある。無意味にへらへら諂うことが多い私は、犬のそのようなところを見習いたいと心底思っている。
最近、食事のやり方を少し変えた。
ボウルにフードを盛って、ユクに与えるとき、ユクの目の前に置いたまま待たせて、一旦「ミテ」と言って目を合わせることを実践している。それから、「ヨシ」で食べ始めてもらっているのだが、これがとてもうまく行っている。人間の勝手な価値観ではあるが、お行儀も良く見える。ユクは食事に関することの覚えが良く助かっている。
ユクは五感を、ひょっとすればそれ以上の感を研ぎ澄ましている。無論、食事と遊びと散歩のためだ。いい匂いがしてくれば、キッチンの前でお座りをして準備をする。二階で物音がすれば、ブルブルをして、伸びをして、遊びや散歩に備える。調べものは、とても感度の良い鼻を使って行っている。何を調べているのかは分かり得ないが、他の犬の年齢や体調まで、相手の残していった匂いでわかると言われているのだから、相当な情報をクン活で得ているものと思われる。
犬はスマホを持っていないし、インターネットも使わない。カメラもレコーダーも。
そう、簡単なことだ。
人もスマホの電源を切って、しばらく過ごしてみれば豊かに感じられる何か（インターネット経由ではない情報）を知ることが必ずできる。いや、むしろそれが感じ取られるまでオフラインでいたほうが良い。
老害と言われようが、そのことだけは若者に勧めていきたいと考えている。
