ユクとゆく

宮古島で保護された犬、ユクとの暮らし。

かもしれない運転。かもしれない散歩?

かもしれない運転。という言葉をご存知だろうか。
現在でも使われているのかどうか知らないが、私が免許証を取得した一九九〇年代初頭には、教習所でやたらとこれを言われた。
あの角から子供が飛び出してくる「かもしれない」。前の自転車がふらついて内側へはみ出してくる「かもしれない」。前を走る車が急ブレーキをかける「かもしれない」。このような調子のものである。

私の運転嫌いはここに端を発する。
ただでさえ用心深く、石橋を叩きすぎて破壊してしまう性分である。そのくせお人好しで、他人の言うことは簡単に信じてしまう。それを用心深いというのか。

ともかく”運転中は”何も信用していない。
かもしれない運転を、心がけているわけではないのだが、実行している。
だから運転はとても疲れる。だから運転が嫌いになるのだ。

世の中に走る自動車を見ていると、本当に奇跡に感じる。
よくもまぁ、その車間距離でその速度で走るものだ。そんなに相手の車のことを信用しているのか。と驚いてばかりである。

信号守ってやるからなんかくれ。

運転ばかりではない。
自らが歩行者となった場合も同様である。
「かもしれない通行」を実施している。

私は歩行者用の信号が青になってもすぐには渡らない。黄色から赤へ変わる寸前に速度を上げて走ってくる車がある「かもしれない」と考えているからだ。青信号になって、ひと呼吸を置き、さらに左右に車が停車していることを確認した上で横断歩道を渡るようにしている。

車は来ていないかね。

これは特に、ユクを散歩に連れているときにはそうだ。
ユクは横断歩道を渡るとき、引っ張って渡ることが多いから、余計に気をつけなければならない。歩道を歩くときも、ユクが突然道路の向こう側へ飛び出さないか、注意しながらリードを短くして歩いている。

犬の散歩コースはまだよい。
横断歩道や車道横の歩道を歩く部分を極力避けている。

それでも毎日気をつかう。
周りに何もないところで、リードもなく、自由にお散歩したいものだ。

ただ、鎌倉の路地を抜けていくコース、ユクはとても楽しそうだ。
毎日同じコースでも、とても楽しそうな顔をして駆けている。

散歩、それがライフ!