ユクとゆく

宮古島で保護された犬、ユクとの暮らし。

何もしない(をしている)犬と人。

私は神戸で育ったので、東京ディズニーランドは遠くにある夢の国であった。小学生の頃、同じクラスに千葉県からの転校生がやってきた。ディズニーランドの近くから来た、ということで、瞬く間にクラスで人気者となった。そのとき、クラスメイトの誰もがディズニーランドには行ったことがなかった。さらには標準語も魅力的だった。少しそのイントネーションを真似してみたが、恥ずかしいのですぐにやめた。
転校生の周りには人だかりができて、質問攻めにあっていた。インターネットのなかった時代、遠くの情報に飢えていた私たちには宇宙人のようなものだったのだ。

みんな宇宙人だから。

四十を過ぎて、神奈川県に引っ越してきた。その歳になっても東京ディズニーランドへは行ったことがなかった。ミッキーマウスに興味がなかったし、わざわざ行く理由もなかったからだ。比較的、住んでいる場所からディズニーランドへの距離が縮まったこともあり、ようやくディズニーランドに行くことになった。四十を過ぎた男が。

楽しかった。ハワイハワイうるさいわ、と言いながらハワイに行って、好きになってしまうように、ディズニーランドの素晴らしさを味わった。そこでしかできない体験に溢れていた。そして、プーさんのハニーハントというアトラクションを通じて、プーさんのことを知った。くまのプーさんのことは知っていたが、お話を読んだことはなかった。

プーさんは「なんでもない日おめでとう」とか「何もしないをしているよ」などと深いことを言う。ここが好きだ。阿呆の役割を演じているが、言うことややることは哲学的だ。

オレたちなんにもしてないね。(してるのさ)

「何もしない」ということの価値が歳を重ねて余計にありがたく感じるようになった。何もしないことは罪であるかのように捉えられるのが現代社会だ。予定がぎっしりつまっていたほうが偉いような気がするし、人生を無駄にしていない感覚もある。しかし、実際はそんなことはない。

ユクと、座ったり、寝たりして、何もしないを積極的にしている。
今日は雨音のBGM付きだ。