膝は痛い。
坂を下るときが痛い。朝目覚めるたびに、ああ、怪我したんだな、と思い出す。と、いうことは寝ている間は痛くないのだろう。大した事ない。ということにしておきたい。
ゆっくり歩いて欲しい、とユクにお願いしながら散歩している。振り返るユクは、ぼくはダッシュしたいのだが、という顔をしている。足が痛いから、などということは理解してもらえない。ゆっくり歩きなさい、という命令に従っているだけだ。気遣いではない。思いやりは期待してないさ。
気遣いのない犬は、こんなときに限って、めったに行かない坂の上の住宅街へと私を誘う。連れて行こうとすると嫌がって引き返そうとしていたくせに、今日は引き返す素振りは微塵もない。行くのか。下りのことは考えないようにして、腹を決めた。
めったに行かない場所だから、めったに会わない犬にも出会う。向こうの方で飼い主さんの周りをぐるぐる回っている柴犬が見えた。若そうだ。ユクも存在を確認したらしい。駆け寄るでもなく、もじもじと自分の周りを嗅いでばかりいる。
遠くの柴犬のほうもこちらに気が付いた。柴犬は完全にこちらを向き、伏せをして待っている。他の犬と仲良くできる確率が低いユクなので、できることなら挨拶せずに、くらいに考えていたのだが、これだけきっちり待たれると近付けないわけにもいかない。
リードを緩めると、ユクは柴犬のほうへ近付いていった。柴犬はすごい形相で吠えかかった。ユクは吠えられると自分は吠えないことが多い。今回も耳を後ろに倒して、どうしてだよう、という感じで距離を取った。
柴犬は吠えるがユクに興味がありそうだ。私はユクに、お尻を嗅がせてあげたら?と促した。ユクは言うことを聞き、柴犬にお尻を嗅がせてあげた。じゃぼくも、とユクが柴犬を嗅ぎに行くと、また吠えられた。
それでも、ユクはとても辛抱強く、相手の柴犬が落ち着くのを待っているように見えた。実際、鼻と鼻を近付けるということもできた。直後に威嚇されていたが。
私はユクのその様子を見ながら、目頭を熱くした。
帰りの坂道、やはりグイグイと下って行くものだから、膝が痛かった。私も柴犬になりたい。