ユクとゆく

宮古島で保護された犬、ユクとの暮らし。

見上げてごらん。海軍通りのマダム。

そう。犬を連れている人は下を向いていることが多い。その犬が拾い食いしてしまうかもしれないし、マーキングをするかもしれないからだ。特に街の中を歩いているときはそうだ。一人の犬の飼い主の良くない振る舞いが、犬を飼っている人たち全体に悪い評判をきたしかねない。日本には特にそういった傾向があるので、私などは、いつも犬を飼っている人全員を代表するつもりで散歩している。

責任ってなに?

一人の部員が煙草を吸ったから、その学校の部活動はすべて自粛します、というようなことがまかり通ってしまう国に住んでいる以上致し方ない。連帯責任というやつだ。外国人にはきっと理解できない感覚なのではないか。時代とともに、そのあたりの日本人的感覚も変わっていけば良いと思う。

趣味に没頭。

かくて、犬の様子をしっかりと観察しながら歩いていた。ユクは特に、におい嗅ぎを人生をかけた趣味としているから、気を抜けない。
坂に差し掛かった。この坂を上がると、「海軍さん通り」と呼ばれる小高いところにある住宅街に出る。明治時代、横須賀の海軍のお偉いさんたちが、ここに居を構えていたことから、そのように呼ばれているそうだ。『坂の上の雲』の坂とは、この坂なのか。

ひたすらクンクン。

実際には、そのような思いを馳せる余裕もなく、坂の下で、ユクのクン活に勤しむ様子を観察していた。すると、坂を下ってきた女性に声をかけられた。
「こちらお上りになりますの?」
「あ、はい。上で工事でもしていて、通行止めになっているのでしょうか?」
狭い道路が工事で通行止めになっていることは、よくあることなので、咄嗟にそのようにお応えした。するとお上品な感じのマダムは仰った。
「いえいえ。ここを上がったところに綺麗な桜の木がございますから」

本当だ!見えてきた!

なるほど。
私が犬と一緒に下ばかり見ているものだから、見逃さないように教えてくださったのだ。おかげさまで、見逃すことはなかった。立派に咲いた、今日しか見られない満開の桜と青い空を見ることができた。

これが今日という日だ!

桜の花びらが目の前を舞い、私たちは今日を掴んだ。