ユクは猫が嫌いなようだ。
家へやって来る前にユクがお世話になっていた預かりボランティアさんのお宅には猫も数匹住んでいた。ユクは平然と一緒にいて、大丈夫そうに見えたが、猫をかぶっていたのか。
高校生の頃、仲良くしていた犬が近所にいた。親友の飼っていた犬、ポチだ。高校生二人が夜に歩いていると怪しい。警察官に見つかったら、職務質問されるだろう。それでも十代の男たちは夜に出歩きたい。不良であることへの憧れ。夜の街、というわけではない、夜のニュータウンなのだから、今思えば可愛いものだ。職務質問や所持品検査などを受けないためのカモフラージュとして、犬が利用された。犬にとっても散歩に出かけられるので、うれしいことだったようだ。ポチは私を見ると大変喜んだ。散歩に行ける、と全身でうれしさを表現していた。
ポチは猫が嫌いだった。猫を見ると理性(それが犬に備わるのかどうか……)がどこかへすっ飛んでしまい、ポチもどこかへ行ってしまう。それくらい猫との遭遇は一大事だった。
ユクの猫に対する反応を見ていると、ポチのことを思い出す。
リードがなければ、猫を追いかけて、どこかへ行ってしまうのではないか。そのくらい、猫に対して強気で、見つけると飛びかかろうとしている。
先だって、妻がユクとの散歩のことを話してくれた。私抜きでの散歩でのことだ。
垣根の下側をユクが覗き込み、何やら唸っていた。向こう側を確認してみると、猫がいて、シャアアとユクに対して威嚇してきたそうだ。ユクはそれにたじろぎ、ちょっと自信を失ったように後ずさりしたらしい。後ずさりしながら威勢を張る、というような。目に浮かぶ。
それを聞いて、これまでのユクの猫に対する行動をよくよく思い起こしてみた。
大胆に、飛びかかろうとする素振りを見せてはいるが、リードがあるので、飛びかかれない。止めてもらえる。実はそれをわかった上での行動ではないか。大変臆病なユクならありえる話だ。
猫との格闘。などとタイトルを付けたが、ユクは格闘する気など、最初からないのだろう。リードで制止してもらえることを知っているからだ。猫だけではない、仲良くできない犬に対しても同様だろう。犬の社会性を育てるには、ドッグスクールなどで多くの犬達とリードのない状態で、ということのほうが簡単なのかもしれない。リードがある限り、ユクのこの行動を矯正するのは難しそうだ。