犬を飼っていると、動物病院へ定期的に行くこととなる。特別調子の悪い犬でなくとも、だ。法律で義務付けられている狂犬病ワクチン接種などを受けに行く必要がある。動物病院へ行くために犬を自動車に乗せる。ユクは自動車に乗るのが大好きなので、出だしはまったく困らない。いざ動物病院へ着くと、おかしな空気を察知するのか、後退りし始める。
何とか病院の中に入ったとしても、診察室の台の上に載せられるのは相当嫌なようで、じたばたと暴れる。動物病院の台は体重計も兼ねているのだけれど、ユクが暴れるものだから、体重が正確かどうかは大変怪しい。自宅の体重計にユクを抱っこした状態で載り、あとで人間の体重を引いて導き出した数字のほうが正確なのは間違いない。
暴れるユクを病院の方にも協力してもらい、台から落ちないように支えながら、予防接種のついでに爪も切ってもらう。人間の感覚だと、爪を切ってもらえるなんて羨ましい限りであるが、ユクにとっては迷惑千万だ。実際、次のようなことがあった。
爪を切って、さぞかし歩きやすくなったろうと思いきや、寝室に入る手前で、ユクが立往生していた。慎重に床を覗き込み、一歩を踏み出そうか踏み出すまいか、迷っているような仕草をしている。意を決したのか、一歩を踏み出すも、カシャカシャカシャ、とフローリングの床を滑るように、さらに腰を抜かしたように歩いている。足腰にも悪そうだ。
爪を短くしたのだから、滑るというよりもグリップが効きそうなものだが、ユクの場合はそうでもないらしい。しばらくそのような行動は続いた。爪が伸びるまで、ということなのかすら不明だ。
ユクの様子を観察していると、フローリングの床が反射しているのが怖いように見えた。つまり、ユクの嫌いな水溜りがそこにあるように思えて、一歩を踏み出せなくなっているのではないか。そう考えれば、ユクの振る舞いにも納得が行った。
滑り止め防止に布のマットを敷いてやり、反射をなくしてやると、問題なく歩けるようになった。やはり、ユクには恐ろしい沼が見えていたとしか思えない。