ユクとゆく

宮古島で保護された犬、ユクとの暮らし。

正しい言葉。ルールの効用。

専門家でもないので、あまり偉そうなことは言えないが、ら抜き言葉などを使わぬように気をつけたいと思っている。また、敬語や謙譲語の誤用にも注意を払っている。それは茶の湯の稽古をするようになってからなのか、元々そういう気質だから茶の湯の世界に惹かれたのか、今となっては分からない。

ルール無用、無政府主義だぜ、というような世界への憧れも十代の頃に芽生えた。ロックミュージックやパンクという反抗的な文化に心酔したのである。それも考えてみれば、反抗するべき対象があるからこそ、反抗するのが快楽なわけで、ルールが初めからなければ、そのような気持ちにもならなかったのだろう。つまり、ルールというものにとても敏感であったから、反抗してやろう、などと考えるのだ。

反抗してます!

正しさ、は絶対的なものではない。ある集団における決まりごと、くらいの意と考えてよい。茶の湯の世界は、正しさとマナーが凝縮されている世界だ。だが、そこから逸脱するためには、まずその正しさを知らなければならない。

そのような理屈をこねながらも、茶の湯の決まりの中で過ごすことは、とても気持ちが良い。つまり、ルールは守っても破っても気持ち良いものなのだ。

犬の散歩にもマナーがある。もちろん、飼い主のマナーだ。
犬をリードで繋いでおくことは当然。その他、犬が排泄をしたら拾って帰る、マーキングには水をかけて匂いをなるだけ薄くする、などが考えられる。人とすれ違うときにリードを短く持つことも肝要だ。

しっかり頼むぞ。

過日。
可愛らしいトイプードルを連れた母娘と、ユクの散歩中に出会った。犬同士は上手に挨拶ができていた。その後、ユクが道端の草を食べ始めた。「よく食べちゃうんですよ」と申し上げながら、排泄物が草で繋がって出てきてしまうことも言おうとした。女性二人を前にして、適切な表現が見当たらない。「排泄物が…」では堅苦しい。「うんちが繋がって出てきてしまう」は違う。「うんこ……」はもっと違う。「く……」駄目だ。刹那私の脳はフル回転していたが、結局出てきた言葉は「フンが繋がってしまう」という表現だった。言った瞬間、なんといびつな言い回しか、と赤面したが、お母様は、「そうですよね〜」と優しく返してくださった。

きれいな言葉を正しく使いたいなどと申し上げるには百年早そうだ。

案外「フン」で良かったのか。それにしても「フン禁止!」はかわいそうです。