ユクとゆく

宮古島で保護された犬、ユクとの暮らし。

カーボヴェルデの奇跡と、見栄を切る犬。

犬は飼い主の気持ちを察する。
「気持ち」というのは言い過ぎで、実際は高揚や落胆の気配を察知しているように感じる。落ち込んでソファーに座っていると近寄ってきて、ペロッとひと舐めして側で丸くなったりしてくれる。そんな時は、なんだかこちらの気持ちを察してくれたような気がするものだ。

いつも見てるぜ。

散歩の途中でこちらが走り始めると、「待ってました」という感じでユクも走り出す。走り出すだけなら良いのだが、遊びが混ざっているのか、こちらに突進してきたりもするから厄介だ。だから、散歩中に急に走りださないように注意している。
この場合も、気持ちを察したと言えるのだろうか。走っている肉体の勢いを感じ取っているだけなのか、走ろうという「気持ち」の方を先回りして察したのか。

なんかあったか?

ワールドカップを観ている時、自然と「おお!」とか「うわ!」とか声に出してしまう。ゴールが決まった時などは、思わず立ち上がってしまうこともある。サッカーはあまり点が入らない。入らないからこそ、入った時の喜びや驚きも大きいのだ。「あまり点が入らないから面白くない」と言う人は、ゴールの持つ重みを感じられない人なのだろう。

遊ぶか?

「おお!」と言いながら、私は立ち上がった。
カーボヴェルデという、開催前は誰も知らなかったような国と、前回優勝国であるアルゼンチンの試合を生で観ていた時のことだ。散歩と朝食が終わったユクはソファーで寝ていたのだが、私が立ち上がったのを見て(あるいは感じて)、お魚のぬいぐるみを咥えて遊び始めた。テレビ画面と私の間に勇ましく立ち、くるくる回りながら見栄を切り、カブいてくる。

奪ってみな!

試合の続きを観たいが、ユクも構ってやりたい。ワールドカップとユクを天秤にかけると、どうしてもユクを選ばざるを得ないのだ。お魚のぬいぐるみを放り投げ、ユクの相手をしてやる。――そんなことをしている間に、画面の向こうで点が入った。

「うわー!」という私の声を聞いて、ユクはさらに動きをエスカレートさせる。これは好循環なのか、それとも悪循環なのか。