ユクとゆく

宮古島で保護された犬、ユクとの暮らし。

118511921333。

車のナンバーを見るのが好きだ。
そこにある語呂合わせを読み解く習慣がある。解いたところで何も良いことはないのだけど、語呂合わせに気づき、すっきりしたいのである。繰り返すが、本当に何も良いことはない。

たとえば「6832」や「32」はローバーミニやBMWミニだったり、フィアット500が「500」をつけていたりする。「86」は当然ハチロクだ。よほどその車種がお好きと見受けられる。「830」が矢沢永吉ファンだったり、自身の名前を語呂合わせにしているナンバーの話は前に書いた。今回は名前ではなく、年号について書いてみたい。
鎌倉では「1192」が多い。「いい国作ろう鎌倉幕府」からきている。鎌倉愛が感じられるナンバーだ。ただ、近年の歴史の教科書では、壇ノ浦の戦いで平氏が滅亡し、守護・地頭が設置された年をもって鎌倉幕府の支配が始まったとする「1185」年が主流となっているそうだ。そのためか、最近は「1185」のナンバーもよく目にする。

永福寺跡にて。

ユクとの散歩は、二階堂の辺りを歩くことが多くなった。
静かで車通りも少なく、日陰も多くて歩きやすい。二階堂という地名は、源頼朝が建立した永福寺(ようふくじ)にあった二階建てのお堂「二階堂」が由来だ。当時は阿弥陀堂や薬師堂もあったそうで、現在はその基礎部分だけが復元されている。その壮大さは、現地に行けば十分に感じられる。そして何よりここに行けば、同じく散歩に来ている犬たちにも会えるのだ。

鎌倉宮の鳥居。通り抜けさせていただきます。

永福寺跡からの帰り、ユクは必ず鎌倉宮にも寄る。さっと境内を通り抜けるだけなのだが、どうしてもここに立ち寄りたいらしい。その日、ふと鎌倉宮の駐車場に停めてある車を見ると、ナンバーがすべて「1333」であった。何となく西暦っぽいな、と感じる。
帰ってから調べてみた。
すると、1333年はまさに「鎌倉幕府が滅亡した年」であることが分かった。そのくらいすぐに分からないほど私は歴史を勉強してこなかったわけで、実にお恥ずかしい。

1333!

さらに調べていくと、この鎌倉宮には護良親王という方が祀られていることを知った。護良親王は後醍醐天皇の皇子であり、比叡山延暦寺のトップとなった人である。その後還俗して征夷大将軍となり、倒幕に向けての戦いで活躍したそうだ。その最も活躍した年、あるいは激動の年にちなんでの「1333」ナンバーなのかもしれない。
しかし親王は、活躍ののちに足利尊氏と対立し、天皇への反逆という濡れ衣を着せられてしまう。鎌倉の土牢に九ヶ月もの間幽閉され、最後はそこで斬首されたという。
なんとも凄絶な、悲劇の英雄像が浮かび上がってきた。
彼が幽閉されていたまさにその場所に建てられたのが、この鎌倉宮なのである。

笑顔で血生臭さを消すユク坊。

神社として創建されたのは、明治二年のことだという。
明治二年ということは、日本の歴史上二回目の「倒幕」の直後である。
武士から天皇へ権力を取り戻したことの正当性や素晴らしさを称える意味も含め、かつて武家に抗って散った護良親王を祀る鎌倉宮が、あの明治期に建てられたに違いない。

ユクに連れられて歩くいつもの散歩道には、歴史の因果がまだまだ散らばっていそうだ。