ユクは山道が好きだ。山の中に入ると目に野生の火が灯る。リードの引きも強くなる。このところ、元住んでいた北鎌倉へ行きたがることが多い。北鎌倉に向かっている時は、さらに引きが強くなる。その背中には固い意志が見える。

二階堂や東御門、西御門を新しい散歩エリアにしている。ハイキングコースも色々あるのだが、雨上がりにはぬかるんでいるし、そろそろ虫や蛇が怖いので、街歩きが多くなる。二階堂や西御門の様々な家を見学しながら歩くのはとても楽しい。ユクはもちろん景色には興味がなく、匂いばかりに集中している。

過日、西御門を登っていった。「登っていった」というくらいに、本当に凄い坂道なのだ。自動車でも一速や二速でふかしながら上がらないといけないほどの急坂である。ここがゲレンデなら、初心者は立ち入ってはいけないだろう。ユクは構わずぐんぐん登っていく。坂道の前まではどちらかというと乗り気ではない感じだったのに、急にリードを引き始めた。

登りきったところに、山道に入る入口を見つけた。スマートフォンのマップアプリで現在地を確かめる。建長寺の中にある、回春院の辺りにつながっていそうだった。日が暮れかけているが、すぐに山道を抜けられそうなので進むことにした。引き返してあの急な坂道を下るのと、天秤にかけた結果だ。

山に入るとすぐに、「境内では犬にリードを付けましょう」との看板が見えた。ここはもうお寺の境内なのだ。それにしても建長寺は優しい。犬を立ち入り禁止にして、近隣住人の通行にすら不便を課すどこかの神社とは違う。合掌。

広い、大きい、圧倒される。拝観時間は過ぎていたので、通り抜けということになった。受付にどなたかがいれば、こういう際の拝観料について尋ねたかったが、もういらっしゃらなかった。

「山道楽しいわぁ」とユクが喜んでいるわけではない。ここを抜ければ北鎌倉に行ける、ということが分かっていてリードを引いていたのだ。山に入れば北鎌倉。こうやって、彼は成功体験を積み重ねていく。