大阪マラソンの中継をたまたま見た。
最近のマラソンにはペースメーカーという人がいるそうだ。残り十キロくらいになったらペースメーカーは外れて、よーいドン、ということになる。じゃあ四十二キロ某も要らないではないか、とも感じる。
どのようなスポーツでも、最後の一分勝負のような、そこだけで良いではないか、と思わせることがある。そこに至るプロセスも楽しみであり、重要であることは分かる。それでも、だ。

話を大阪マラソンに戻したい。
スタートして割と早い時間に、ペースメーカーを無視してトップに躍り出たランナーが現れた。目立ちたいだけの市民ランナーではない。本気で日本記録を目指していると思われるランナーである。しかもマラソンは初挑戦とのことだった。

これは競馬でいうところの「逃げ馬」ということになる。
二十代の頃、少し競馬を嗜んだことがあった。競馬場に行ったり、競馬の予想を一週間かけてやり、週末に馬券を買う、というような趣味(?)である。馬にもいろいろなタイプがいて、逃げ、差し、追い、自在、というように、どのようなレース運びを得意とするかはさまざまである。

私はこの中でも「逃げ」る馬が好きだった。大逃げタイプの馬というのは、大抵失敗する。最後の直線が近づく頃には後続に追いつかれて、馬群に飲み込まれ、結果、後ろから数えたほうが早い、というような順位で終わるのだ。
ただ、見ているほうは、最初から最後まで楽しいものだ。
最初から一番を走っているので、そのまま頑張れ、と最初から応援できるから。

たまたま見たマラソン中継だったが、心のなかでは応援していた。
解説の人に「落ち着きがない走り」と言われていた。確かにキョロキョロと、いろいろな方向を見ながら走っていた。それは体力を無駄に使うことになるらしく、できるだけ無駄な動きを入れずに走ることが、マラソンでは重視されているようだ。確かに、他の選手たちは手と足だけを振っていて、頭はほとんど動いていない。そういうものなのだな。

小学生の通信簿に「落ち着きがない」といつも書かれていた私としては、その落ち着きのなさも応援したくなった。犬もそうだ。まったく落ち着きのない様子で散歩をしている。あっちをうろうろ、こっちをうろうろ。嗅がなければいけない匂いがたくさんあるらしい。頑張れ、ユク坊、というような気持ちでテレビ中継を見守った。

三十キロ地点を過ぎたあたりから、雲行きが怪しくなった。
そう、馬群、いやランナー群に飲まれていった。
今度のマラソンでは逃げ切ってほしい。
応援しているぞ。