ユクとゆく

宮古島で保護された犬、ユクとの暮らし。

犬と濃茶の距離感。

「新春茶会」という大寄せの茶会があった。
濃茶席の担当としてお手伝いをしてきた。大寄せの茶会は薄茶席のみ、ということが多いので、大勢の前で濃茶の点前をする機会はなかなかない。年に一度の良い機会である。

コロナ禍で、大寄せの茶会に参加する人数も随分と減った。以前は一席八十名は座れるか、というような会場で開催されていたが、コロナ禍以後に再開された際には、一席四十名程度の規模の会場に変わった。

濃茶は、数名で一碗を飲み回すものだ。
コロナ禍以降は「各服点」と言って、一人に一碗ずつ出される形になった。最近の入門者にとっては、それが当たり前となり、飲み回す、という経験すらない。今年の新春茶会では、濃茶の飲み回しが再開された。

なんでも独占したいユク坊。

「私は嫌!」という人が出てくるかとも思ったが、そんな人はいなかった。むしろ、元に戻った、と喜んでいる人たちのほうが多いように見えた。

ただし、それは長年、茶の湯を趣味や仕事にしてきた人たちの感想であり、新しい人や、これからの人たちがどう捉えるのか、という点は怪しい。以前から「飲み回しが嫌だ」と言って敬遠してきた人たちも、一定数いるはずである。

犬を飼う前、正直に言えば、知らない犬に触るのが怖かった。
それは衛生的な面で、である。正しい感覚なのかもしれない。

おれも知らない犬は怖いです。

中学生の頃、仲の良い友だちが、犬の鼻に息を吹きかけ、自分の口を舐めさせていた。私はその犬とは仲良くしていたが、口をべろんと舐められることには抵抗があった。

数十年が経ち、自分が犬と暮らすことになった。

さて、どう変わったのか。
ユクに口をべろんと舐められるのは、相変わらず嫌だ。嫌だけれど、舐められるとうれしい。舐めさせないようにしているが、舐められるとうれしい。

べろりん。

一緒に寝ているし、便は拾ってやるし、散歩から帰ってきたら足も体も拭いてやるし、お尻もきれいにしてやる。

犬とのふれあいに、すっかり慣れてしまった。

濃茶の飲み回しも、慣れの問題なのか。
これについては、なかなか難しい。一緒に飲みたくない、と生理的に感じることだってある。慣れだけの問題ではない。
距離には、選べるものと、選べないものがある。

自分では開けられないと思い込んでいるユク坊。

ただし、ひとつだけ付け加えておくと、
お茶の稽古場で感染症が流行したことは、これまで一度もない。

問題が起きなかったことと、すべての人が心地よいことは、また別問題ではある。