ユクとゆく

宮古島で保護された犬、ユクとの暮らし。

忘れる人間と、覚える犬。

物の名前が出てこない。
人間の話だ。

なるべく「あれ」とは言いたくないので、沈黙となってしまう。沈黙が長引く。名前は出てこない。相手に状況を説明して、それが何であるかを逆に尋ねる体裁となる。連想ゲームだ。大抵は相手が名前を言い当ててくれて、事なきを得るが、すっきりとした心持ちにはならない。認知の衰えというものに直面させられているような、ざわつきをおぼえる。

あれ、おくれ。

認知は歪んでもいけないが、衰えるのも嫌だ。年齢を重ねたということは経験も増えたということなので、覚えることの分母が増えた分、忘れることも多くなるのではないか。まあ、そのように考えることにして、気を紛らわせている。

継続は力!

柔術の道場で、「あなたに言われたことを座右の銘にしている」と言われた。
「上達の速度は人それぞれだけれど、続けていれば必ず上達するのが柔術です」
と言ったらしい。すっかり忘れていたが、私は確かにそう思っているし、なんだか言いそうなことでもある。覚えていてくれてありがたいが、座右の銘は言い過ぎだろう。

シャッター音のあとにおやつあり、が座右の銘です。

このように、私は覚えているが、あなたは覚えていない、というようなことがよく起きる。
また、本当に取るに足りないことを、なぜか覚えていることもある。

大学生の頃、ある友だちとレストランで食事をしていたときのことだ。私たちはハンバーグランチプレートを共に食べた。その友だちはサラダもライスもすべて平らげ、一口大のハンバーグの欠片をプレートに残した。そして、おもむろにフォークでその欠片を取り上げ、「今日はハンバーグを食べた、という気分で終わりたいねん」と言いながら口に放り込んだ。

ハンバーグとともに。

私はこのことが忘れられない。
忘れられないというより、ハンバーグを食べるたびに思い出してしまう、と言ったほうが正確かもしれない。おそらく、その友だちはこのことを忘れているに違いない。だが、その人はそういうことを言いそうな人でもあるので、話せば「言いそうやな」と思うに違いない。

ワンちゃん芸。(再掲)

日々、ユクのルーティーンが増えている。覚えが良いのだ。
朝食を食べたあとはヨーグルト。
夕飯を食べたあとは、鶏ささみかトマトスープ付きのおかわり。
そのあとに「ワンちゃん芸」をすれば、もう一品おやつがもらえる。
寝る前にはチキンペースト味の歯磨きがあり、そのあとに歯磨きガムが出てくる。

それよそれ。

これらすべてを、ユクはしっかりと記憶している。徐々に増えていったにもかかわらず、忘れることなく覚えている。増えていったのは、ユク自身の功績であるところも大きい。すべて、食べることに繋がっていることではあるが。

ことよろ。

ユクは六歳。まだ若い。いろいろと新しいことを覚えられるのが、うらやましい。犬の寿命を考えれば、すでに三分の一ほどは過ぎたあたりだろう。私はもう人生を半分以上生きてしまったので、ユクのようにはいかないかもしれないが、認知を鍛えるためにも、新しいルーティーンを犬とともに作っていきたいと思う。