いつかしよう、ということをやめなければいけないな、と思う。
もっと良くないのは、「仕事を引退したら」とか、「暇ができたら」と条件を付けることだ。やりたいことは、忙しくても思いついたときに取り組むべきなのだろう。

正直に言うと、「いつか」犬を飼いたいな、と思っていた。それこそ漠然と「老後に」などと。だが、年老いてからでは、片手で持ち上げられるような小さな犬しか飼えなかったと思う。近年はそういった小さな犬種も多く、選択肢には事欠かない。しかし、ユクのような元野良犬(保護犬)で、元気いっぱいの犬と暮らすことは、七十や八十では難しかっただろう、と今は感じている。保護犬を迎える条件に、年齢制限が設けられているところも珍しくない。

年齢を重ねると、瞬間の判断能力や体力が衰える。それは身をもって感じる。熟慮したうえでの判断能力は、経験値とともに向上するに違いないが、瞬間の判断はやはり遅くなる。柔術をしていても、テレビゲームをしていても、それは痛いほど分かる。
根気や粘り強さといった類のものも、若者のほうが多く持っている。つまり、自分の経験と照らし合わせても、若い頃のほうが高かった能力は確かにある、ということだ。

これらは「やりたいことをやる」という行為にも深く関係してくる。やりたいと思っていたはずなのに、根気(あるいはやる気)のようなものが欠けていて、面倒に感じてしまうことがある。やりたいことをやるための仕組みを作る、という、何とも回りくどいことをしなければならなくなる。

というわけで、とにかく「やりたいことをやる」ということをやりたい。
ユクと散歩している様子を動画で撮りたい。そう思って、お散歩バッグにカメラを放り込んだ。だが、入れたことを思い出したのは、帰宅してからだった。
仕組み作り、さっそくの失敗である。