二十四世紀のドラマを観ている。
こんな感じの未来になれば良いな、と思う。そこでは、病気も不幸も克服した人類が描かれている。
現実は二十一世紀である。
年号は二〇二五年だ。今日は大晦日なので、明日は二〇二六年になる。二〇二六、なんと未来的な響きだろうか。

大晦日に鎌倉へ買い出しに出かけた。ユクはお留守番で、夫婦で歩いた。餅入りのおしるこを食べ、鯛焼きも買って帰った。お正月を先取りしたような感じだ。

帰宅して珈琲を一杯飲んだら、もう散歩の時間である。今晩は円覚寺に除夜の鐘を聴きに行くので、早めに散歩に出かけよう。ユクには今晩の予定など知る由もない。いつも通りに山を歩いた。鎌倉駅周辺の人口密度の高さを考えれば、とても静かな山の道である。ユクは匂い集めに忙しい。大晦日など無関係な様子だ。

山を下りてくると、馴染みの犬にお会いした。「お会いした」という言葉は、犬ではなく、その犬を連れている飼い主さんに掛かっているのは言うまでもない。実は昨日もお会いしている。「明日もお会いするかもしれませんが、良いお年を」などと昨日言った。そういうことを言ったときに限って、本当にお会いするものだ。少しの照れくささが漂う中、今日は大晦日なので間違いない。「良いお年を!」と、昨日より大きな声でご挨拶をした。

家の近くまで帰ってくると、ユクがもっとも好きなモモちゃんのご家族にお会いした。ユクはうれしすぎて行動がおかしい。あっちに行ったりこっちに行ったり、立ち上がったり、オテしてみたり。落ち着きがない。

二〇二五年の締めくくりとして、最高のお散歩だったではないか。ユクにそのことが分かればよいのだが、年の締めくくりなど、絶対に分からないだろう。
良いお年を。
今宵は年に一度の真夜中の散歩だ。
