ユクとゆく

宮古島で保護された犬、ユクとの暮らし。

忘年会のあとに見た夢、犬の温もり

師走になり、パンデミックの余韻もようやく薄れてきたからか、忘年会がぽつぽつと開かれるようになった。とはいえ、かつてのような「大忘年会」という雰囲気ではない。三人、四人、多くても十人程度。私が今年参加したのは、そのくらいの規模の集まりばかりだった。

はかどるわ。

十人も集まれば、全員と話そうと思えば席を移動しなければならない。それがもう面倒だ。結局、近くに座った数人とだけ会話して終わる。人数が多いほど、どうしても疲れてしまう。これは歳をとったから、というより、若い頃からずっと感じていたことだ。

私は人数が増えるほど強くなる、あの独特の孤独感が苦手だ。自分の孤独だけでなく、他人が感じているかもしれない孤独まで気になってしまう。愛想笑いや、少し強張った表情が目に入るたびに、こちらの心もざわつく。気にしなければいいのだろうが、どうしても気になってしまう。そのこと自体に、また疲れる。過度な期待の裏返しなのではないか、と自分の心の動きを分析し始めてしまい、ますます滅入る。

独りがいいのよ。

下戸であることも関係しているのだと思う。酔ってしまえば、ある意味“勝ち”なのだろう。しらふのまま、酔った人たちに囲まれるのは、決して楽しい体験ではない。勤め人だった頃、上司との飲みの付き合いや接待は大きなストレスだった。そういう風潮が少しずつ薄れてきたのは、個人的にはありがたい変化だ。

阿呆と思われてるくらいがいいのだ。

そんなことを考えていたせいか、夢を見た。
夢の中でも、私は大勢の人に囲まれていた。夢なのに、周囲に気を遣い、居心地の悪さを感じている。夢を見ている最中は、それが夢だとは思っていないから、余計に厄介だ。

その夢の中に、ユクが現れた。誰かに連れられていたような、あるいは、どこかに行っていたのが戻ってきたような、そんな再会の場面だった。私はユクを抱き上げた。腕の中に、確かな犬の温かみがあった。

大勢の中を、犬を抱いたまま歩いていた。見知らぬ人たちがユクを見て、微笑んだ。不思議なことに、集団の中にいるストレスが、すっと消えていた。夢の中だったが、確かに私はユクに助けられていた。

目を覚ますと、ユクが目の前にいた。
むにゃむにゃと口元を動かしながら、静かに眠っていた。