齢五十にして犬を飼い始めた。

正確には四十代だったが、まあこの際どうでも良い。むしろ、この年齢で犬と出会えたことをつくづく幸運だったと思う。もっと年を重ねてからでは、これほど犬との散歩につきあう体力も気力もなかったかもしれない。小さな愛玩犬ならまだしも、ユクのようにどこか“昭和”の風格を漂わせた活動的な犬と暮らすのは、なかなかに骨が折れる。加えて保護犬、しかも野良経験ありのプロフィール付きだ。

ユクには狩猟犬の名残のような気質がある。山道でリスを見かければ飛び出し、寺の参道で猫を見かければ跳びかかろうとする。いつも未遂ではあるが、動きが突然なので、リードを引いているこちらの腕が持っていかれそうになる。私はユクが急に動いたとき手を離してしまわないよう、身体に斜めがけできるタイプのリードを使っている。七十の身になったら、こんな一蓮托生の山歩きはさすがに危険だろう。

散歩中、久方ぶりに他の犬の飼い主さんと出会った。こちらから挨拶をするより先に、「実は足を骨折しましてね」と話が始まった。「あら?ご存じなかったかしら?」とおっしゃる。いや、初耳である。有名な話だったのか? 存じ上げません、と慌てて答える。
三週間の入院だったそうだ。家の前で転倒されたとのこと。歳を取っての転倒は良くない。歩けなくなれば、そこから急に老け込むことがある。茶の湯の世界でも、足腰は要。畳に座り、正座から立ち上がる。それができなくなると、点前はぐっと難しくなる。

杖をつきながら歩く姿を見て、思わず「でーじなくてよかったっすね!」と言いかけて、「大事がなくて良かったですね。不幸中の幸いですよ」と言い直した。完全に大河ドラマ『べらぼう』の影響である。私は江戸っ子でもなく、ましてや「でーじねぇっすか?」などと生まれてこの方使ったこともない。そもそも「べらぼう」という言葉すら、日常ではまず出てこない。

本日も読んでくださり、ありがた山にございます。