ユクとゆく

宮古島で保護された犬、ユクとの暮らし。

誕生月の一人と二匹に寄せて。

私もユクもカメリ(クサガメ)も九月が誕生月ということになっている。
ユクとカメリは勝手に人間が定めた。ユクは保護されたときの推定月齢から逆算された。カメは家へ来た日なので、本当は春や夏に生まれたのかも知れない。

カメリ(クサガメ、オス、21才)

三十歳になったときはとても忙しく、二十代後半ごろから三十代のような顔をして働いていたので、実感するものがほとんどなかった。四十になったときはさすがに「四十かぁ」とはなった。それでもそこからブラジリアン柔術などを始めて、肉体的には強くなった。五十になったときもさすがに「五十かぁ」となった。いま、五十代も半ばになり、いろいろなことを、あとどれだけできるのか、というような視点で考えることが増えた。

6才かぁ。(とは思っていないユク坊)

一日の重みは、本来的には年齢に左右されるものではない。
だが、明らかに幼い頃の一日の重たさとは違っている。ありがたみも感じられる。勝手なものだ。誕生日も、自分が一年歳を重ねたことを思うのではなく、生まれてきたことそのものを思うようになった。それは死が近づいていくことで、生への思いが強く現れてきたということだろうか。

明るくなり、暗くなる。それだけのことさ。

犬やカメを見ていると、人間は時間に縛られていること気付かされる。
ただ、時間という概念があるから人間らしいとも言える。それでも、もう少し時間という概念がない世界も覗いてみたい。ああ、もしかしたら、一時間という単位ではなくて、一日、くらいの単位で捉えてみれば良いのかも。

毎朝、繰り返したい。

分単位でスケジュールを組んで生きるなんて馬鹿馬鹿しい。
でも腕時計は外せない。時計は文明の証だ。
野蛮人になりたいわけではないのだ。

文明の証!(え??)