ユクとゆく

宮古島で保護された犬、ユクとの暮らし。

異世界との交流。

私は幼い頃から外国人とのふれあいに興味があった。そのツールとしての英語にも大変興味があったので、幼稚園生のころは「英語の人になる」ことを夢として語っていた。しかし、生来のサボり心が邪魔をして、英語の人になることは断念された。それでもインターネットが普及したおかげで、外国人との交流は実現した。黎明期に立ち会えて本当に良かった。

俺達もインターネットのおかげで出会えたしな!

日本人以外の人々との交流は、異なる文化のことを話し合うことが楽しい。お互いの文化をどう感じたかを話し合うだけでも知識欲が満たされ、理解し合えたという喜びが感じられる。

相手が人間だと、言葉を用いることでその隙間を埋めることができる。翻訳ソフトも整備されて、コミュニケーションもしやすくなった。
相手が人間以外だとそうも行かない。犬はまるで違う世界観を持った生き物だ。と、犬との暮らしを重ねる中で、その思いは強くなっていく。地球外生物、つまり宇宙人との交流と考えても良いくらいだ。

どうやっておやつを引き出そうか。

犬は急に来襲した生物ではなく、人類が何万年という単位で徐々に飼い慣らして来た生き物であるので、現代の私たちにとっては、比較的容易な相手ではある。それでも、世界の捉え方がまったく違うのは、一緒に暮らしていると分かるので、その間を埋めていくことは、とても面白く、生きがいにもなる。

人間をよく観察しているユク坊。

人間の子にやるように、片方の握りこぶしにおやつを握り、両こぶしを犬に差し出す。「おやつはどっちだ?」という遊びのつもりだ。ユクは鼻先でどちらかのこぶしをツンと指す。「残念!こっちでした」とやり、もう一度両こぶしを差し出す。ユクがもう一度鼻先で選ぶ。このようなことを傍から見ていると、人間がやっている遊びと同様に見える。しかし、実のところ、人間が考えるような遊びにはなっていない。何故なら、ユクは同じ側しか選ばないからだ。

めんどくせー!

犬は鼻が利くので、匂いを嗅ぎとって、入っている方を当てるということをしてくれるのかと思っていた。そういうことをする犬もいるだろうが、ユクはしない。いくらやっても理解してくれないのだ。

これは些細な一例ではあるが、人間が考えていることと犬の思惑は、一見マッチしているようでズレていることも多そうだ。もっとユクのことを理解したいな、と日々思う。