私に夏休みはない。
二十年以上、自営でやっている。お盆休みもゴールデンウィークも特に関係ない。
とは言うものの、お客さんは企業なので、お客さんは休む。相手が休んでいる間にこちらはせっせと手を動かしておく。手を動かしているあいだに電話やメールが来ることは少なくなる。だから、世間が休みの間に働くことは悪くない。

夏休みの北鎌倉は、学生が歩いていない。休みでなければ幼稚園生から高校生までが歩いている。休みに入るとしんとなり、普段いかに学生以外の人間が歩いていないのか、を際立たせる。紫陽花の季節も終わったので、観光客もまばらである。隣の鎌倉駅は観光客でいっぱいのはずだ。一駅でこんなにも違うものか。

夏が終わると、大学で講義するアルバイトが始まる。
講義の準備をしなくてはならない。それが私の夏休みの宿題みたいなものだ。夏休みはないけれど、宿題がある。
学生時分、夏休みの宿題はまったく進まなかった。夏休みが終わってからやっていた。夏休みの宿題なんてなければよいのに。その子が先に済ませてしまうタイプなのか、計画通りに進めるタイプなのか、まったくやらず、最後にまとめてこなすタイプなのか、やらなくても平気なタイプなのか。タイプをはかる役割は果たせそうだ。だが、それ以外にはなくても良かったのではないか、と感じている。
こんな御託を並べず、やらねばならない。

毎日、犬とは散歩に行っている。
これだけで、随分と社会に参加している気分になる。
社会参加といえば、税金を収めるときにもそれを感じる。サラリーマンのような天引きではなく、請求されたものを支払う方式なので、余計にそう感じるのかもしれない。公の誰かしらに、「頼むぞ、しっかり使ってくれよ」と支払いをする。

犬には何も期待していない。
それが良いのだろう。
犬の期待には応えてやりたい。健康を害さない程度におやつも多少やりたい。
犬が機嫌よくしていることが、毎日の幸せにもなる。
