大阪から神奈川県に移住してから十三年が経つ。人間の話だ。
ちなみに犬は五年になる。

ユクは、宮古島からやってきたのに海にはまったく入らない。アフリカ出身の人が全員リズム感が良い、というような偏見と同じかもしれない。宮古島出身でも水が嫌いな犬だっている。ただし、砂浜は大好きだ。ユクが砂浜で座り、水平線を眺めている様子を見ると、故郷を思い出しているのかな、と感じることもある。単に磯の香りが好きなだけかもしれない。

十年以上も暮らせば、ずいぶんと関東の暮らしにも慣れてきたように思う。蕎麦屋でたぬきを頼んだら天かすそばが出てきて大変驚いたことを覚えている。関西ではたぬきと言うのは揚げさんののったそばである。関東でそれを頼みたければきつねそばと注文しなければならない。関西にはきつねそばと言うものは存在しない。狐はうどんであり、たぬきはそばであるからだ。北鎌倉の駅前の蕎麦屋でたぬきを注文し、天かすそばが出てきて驚いた私に、お店の人は「うちの揚げ玉はごま油で揚げているから、とてもおいしいわよ」と自慢げに教えてくれた。天かすとも呼ばないのだ。あれは揚げ玉なのだ。

越してきた当初は、このようにさまざまな文化の違いに驚かされることも多々あった。が、今ではそんなに驚くこともなくなった。馴染んだつもりでいたのだ。ところがふと先日。蝉の鳴き声が全く違うことに気がついた。大阪で聞く蝉の声は、なんだかとても暑苦しい。じっとりとした夏と言う風情である。音量も大きい気がする。関東ではミンミンゼミの声も聞こえる。また、全体的に少しおとなしめなようだ。

数時間で行き来できる距離となった関東と関西だが、まだまだ違いを感じることがある。笑いのセンスもまったく違う。面白いことを言うことが好きだったが、関東に越してからは笑ってもらえないので、言わないようになってしまった。犬は毎日面白いことをやってくれるのですごいと思う。結局真面目な奴が一番面白い。でも真面目な奴を笑うのは良くないと思う。
