犬がお腹を見せる行為は服従の意味がある。と、犬と暮らす前に、そういう知識があった。
急所であるお腹を見せるほど、あなたを信頼しているし、敵対するつもりはございませんよ、という意味だろうか、くらいに思っていた。しかし、犬と実際に暮らし始めると、犬が腹を見せる行為、つまり「へそ天」にはそれ以外にも様々な意味がありそうに感じる。犬、と主語を大きくしているが、ユク一匹のことでの感想なので、一般的な犬に当てはまらない部分も多かろう。
まず、我が家では「へそ天は絶対」というルールがある。絶対とは、絶対に犬の元へ行き、お腹をさすってやることを指す。へそ天は絶対なので、ユクもそのことは学習しているだろう。ヘソ天すれば、飼い主が喜び、お腹をさすってくれる。
私が二階での仕事をひと段落つけ、一階に降りていくと、ユクがへそ天をして待っていることがある。他の犬がそのようなことをするのかどうか知らないが、ユクの目的は飼い主に側に来てもらうことだ。もうすぐお散歩だ、という期待感も表現されている。
同じようなケースでは、私がお風呂から上がり、寝る準備が整った段階でリビングに行くと、へそ天をして待っていることがある。これも来てもらいたいのと期待が合わさった表現と見える。帰宅直後にへそ天に変化することもある。こちらも喜びと来てもらいたい気持ちの表れだ。
これらのへそ天は、決して服従を表していない。
どちらかというと喜びの表現である。
もう一つ、別の場面でへそ天を使うことがある。
お散歩の終わり、帰りたくないときに、へそ天をすることがある。
家の近くの芝生広場で、伏せたまま動かなくなる。つまり帰宅したくない、という意思表示をしている。そうしているユクに、帰ろう、と促すと、おもむろにへそ天をする。いつものように撫でてやろうとすると、すばやく身をひるがえして立ち上がる。おっと、俺の腹でも撫でられるとでも思ったのかい?と言いたげな生意気な顔をする。
これは少し高度な遊びだ。
お腹を撫でて欲しいということでもなく、喜びでもない。人間をおびき寄せ、ぬか喜びさせて自分の優位性を誇る。
かようにへそ天と言っても、一つの意味しかないわけではない。さまざまな意味合いを持って行われている。同じようなことで、尻尾を振っている犬がすべて好意を持っているというわけでもない、ということをユクから学んだ。
動物のジェスチャーから読み取る、ということはなかなかに奥が深いものだ。
ユクは起きたとき、ストレッチかわりにへそ天をしている。
動きはダイナミックだ。
撫でてやると、大体私の眼前でくしゃみをし、つばきを顔にぶちまけられる。
大騒ぎするので、喜んでいると思われて、またくしゃみをくらうのだ。