日曜日。ユクが鎌倉方面に向かった。
六月はあじさい目当ての観光客も多くなるので、出発が遅くなる。午後四時半を過ぎれば人の流れは少し落ち着いてくる。お寺が閉まり始めるからだ。午後六時ともなれば、北鎌倉の線路脇は誰も歩いていない。そのさまは緊急事態宣言を思い起こさせる。
時間も遅いしどうしようか。
妻とそのような会話をしながらも、目を輝かせてリードを強く引きながら歩いている犬を見ていると、海へ連れて行く覚悟が芽生えてくる。
海へ行くか、帰路に就くかの地点は二箇所ほどある。その場所でユクは海の方向へと身体ごと寄せてなんとかそちらへ行こうとする。なるべくなら犬の希望を叶えてやりたい。その日も一箇所目の分岐点で海へ向かった。二箇所目で少し家の方向へ促してみる。ユクの足取りが重たくなり、止まってしまう。うらめしそうに海の方向を見ている。
こちらの覚悟はもう決まっている。少し意地悪をしただけだ。
海方面へ歩を進めると、犬は加速して歩き始めた。
梅雨入り直前の由比ヶ浜に着いた。
辺りは暗くなり始めている。
海の近くは風が吹いていて、少し肌寒いくらいだ。
ユクはいつも通り、海の方を眺めたり、浜の匂い嗅ぎをしている。
しばらくすると、ポツリと雨のしずくを感じた。
考えてみれば天気予報など何も確認せずに出てきてしまった。あわててお天気アプリを確認すると、一時間くらい雨が降るようだった。せっかく海までやってきたが、本格的に雨粒が落ちてきたので、退散することにした。案外、ユクも素直に着いてきた。
由比ヶ浜の近くに、雨宿りにちょうどよいハンバーガーショップがある。ここのテラス席は犬連れがOKなので、お散歩ついでに来ることが多い。その日も雨を理由に立ち寄ることにした。
ユクも「ここ知ってます」とばかりに軽快に階段を上がっていく。自動ドアが開くと店内にも入っていこうとしたが制した。そっちには入れないのだよ。
ハンバーガーを食べていると雨も止んできた。
すべてがちょうど良かった。