歯が欠けた。ご安心を、人間の話だ。
柔術のスパーリングの最中に、前歯が妙な噛み合わせになり、ガリッと削れた。先端が少し削れた程度なので、欠けたといっても誰にもわからない。しかし、歯は何度も生え変わるものではないので、気持ちは良くない。ああ、マウスガードをしておけば良かったと後悔した。以前は歯医者でマウスガードを作ってもらい、それを着けてスパーリングしていた。が、ここ数年、無くても大丈夫かな、と感じ、着けるのをやめてしまっていた。
慌てて自分で作れるタイプのマウスガードを購入した。
これはお湯で温めておいて、噛み合わせて作成するものだ。一つ目は作成に失敗した。四個入りだったが、安物買いの銭失いだ、と落胆した。駄目元で二個目を作ってみたら、案外うまく行った。二度目はお湯を熱めにしてみた。そしてスパーリングのときにも使ってみたが、口元に安心感がある。やはりマウスガードはするべきだ。歯が欠けた程度でよかった。割れたりしたら、差し歯確定である。
犬の歯も乳歯から永久歯に一度だけ生え変わるらしい。ユクは、うちへ来たときすでに永久歯の状態だったので、ユクの乳歯姿を見たことがない。前歯が少し不揃いな感じで、育ちが悪そうだ。だが、そこが好きだ。
犬にとって、歯はとても大切だ。食べることに直結している。これは人間も同じだが、犬は人間のように歯の治療を気安くできない。自分で歯磨きを習慣づけるということもない。
だから、飼い主である私たちが毎日ユクの歯を磨いてやる。妻がその方針を打ち立てた訳だが、まさか毎日犬の歯磨きをするようになるとは思っていなかった。犬の歯磨きが必要だという認識が、そもそもなかったのだ。
時代は移り、犬も歯磨きをするのが当たり前となった。
私たちが使っている犬用の歯磨きペーストはチキンペースト味なので、ユクは歯磨きの時間が大好きだ。チキンペーストを舐め取ろうとする犬の舌をかいくぐって、シャカシャカと歯を磨く。一応、この歯磨きペーストには「舐めるだけでも効果があります」と記載されている。本当かよ、とは思うが気休めにはなる。
歯に良いおやつも食べさせている。
以前は牛のヒヅメを喜んで食べていたのだけれど、あまりにも硬そうで、そのうちユクの歯が折れてしまうのではないか、と懸念した。そこで代わりとして牛のアキレス腱をやるようになった。ヒヅメよりは柔らかく歯が折れてしまうようなことはなさそうだ。そして、これを食べさせてから、歯の状態が良いそうだ。そうだ、というのは妻がそのように言っているからで、私にはよく分からない。ただ獣医師の妻が言うのだから間違いないだろう。
ユクは並びの悪い歯を見せて、今日も子犬のように振る舞っている。