朝の散歩は近くのお寺と決まっている。
参道を奥まで歩いて、きびすを返して帰ってくる。踏み切りのそばの広場で少しゆっくりして帰ってくる。これで大体二十分から三十分かかる。
その日の朝。
ユクは一瞬、鎌倉方面へ行きたがった。その動きに気づかなかったことにして、お寺への道を歩み出した。ユクも渋々ついて来た。こういうときの聞き分けはよい犬なのだ。信号のない横断歩道を大げさに手を挙げて渡る。渡りきったところで右に向く。前には踏切が見える。
ユクが少し後ろ向きに歩いた。これはよくあることで、後ろの匂いがどうしても気になり、何がなんでも嗅ぎたいという意思表示を身体全体で行う。こうなると仕方ないのでユクの意思を尊重して付き合う。
そのまま後ろ向きにグイグイ引いて行く。おい、お寺は逆、と一瞬リードを握る手が固くなったが、まあよいか、と手を緩め、ユクについて行くことにした。朝から鎌倉だ。
亀ヶ谷坂を上って下る。この程度のことでは息は上がらない。そして覚悟も決まっている。どうせ海を目指しているに決まっている。
その日は休日ということもあり、鎌倉駅前は観光客で一杯だ。季節外れの暖かさで、ちょうど桜も五分咲きとなり、皆は山を目指している。段葛を桜も見ずに海方面に歩いているのはユクだけだ。
海に近づくにつれ、人が減ってくる。
海に向かうのは少数のカップルくらいだ。波もさほどないからかサーファー達もいない。
いつ来ても、高校の制服を着た女性の集団は必ずいる。高い声を上げながら、いかに自分たちが幸せであるかという証明写真を懸命に撮影している。青春とはそういうものでしたっけ。遠い昔のことなので忘れてしまった。
ユクは機嫌よく海や浜の様子を眺めている。
楽しそうな犬の顔を見たいので、このくらいのことは平気だ。
帰りには犬を連れて表で待てる鯛焼き屋に寄った。
たい焼きの切れ端をユクに分け与えながら、小腹を満たす。
ほんとうの朝ご飯目指して、また、亀ヶ谷坂を上って下る私たち。