社会人になって実家を離れてからも、お盆のお休みには帰省することがよくあった。帰省と言っても大阪から神戸に行くだけなので、九十分ほどしかかからない。
実家では座っているだけで珈琲を出してもらえる。食べたいものをリクエストすれば作っておいてくれたりもした。実家暮らしはありがたかったな、と思う。しかし、それも一瞬のことで、出してもらえることにすぐ慣れてしまい、だらだらと過ごす。人間というものは恐ろしい生き物だ。
お盆休みには、鰻を用意してくれたり、薬味のしっかり添えられた素麺を食べさせてくれたりした。おでんという、まったく季節感のないリクエストをしても、作ってくれた。食べたらまた、だらだらと過ごす。
実家に帰って良いことは、することがないことだ。
私はいつも実家のリビングで寝そべって、夏の高校野球のテレビ中継を観ていた。何となく負けている方の高校を応援して意味もなく熱くなる。逆転したら、こんどは逆転された方の高校の応援に回る。
夏休みの昼寝こそ、最高の贅沢だと思う。
ユクもお昼寝が好きだ。
昼の暑いときには寝ていることが多い。が、それは、好き、というのとは違う。二階のベッドで昼寝することが好きなのだ。ベッドが好き、ということかもしれない。ベッドに上がると、ユクはとてもうれしそうだ。のたうち回り、マズルを掛け布団に押し付け、全身で喜びを表現する。
「ユク坊、お昼寝しよっか」と一階で声をかける。すると、ユクは飛び起きて、活気のあるワクワクした顔になって、こちらに駆け寄ってくる。こういうときの勘が良い。言葉が分かっているようにも見えるが、ユクは「雰囲気」を読み取ることに長けているのだと、私は思っている。
階段を駆け上がり、横たわっている私に頭をもたげてくるユク坊。全身毛で覆われた犬がくっついてきて、暑苦しい限りだがまったく悪い気はしない。
うつらうつらしていると高校野球の応援団の声が聞こえてきたような気がした。