ユクとゆく

宮古島で保護された犬、ユクとの暮らし。

縄張り争い。犬のあるいはヒトの。

散歩中、周辺の匂いを嗅ぐことに忙しい。もちろん犬の話だ。ユクは本当に入念だ。趣味と呼んで良いものかどうか分からないが、それをして何になるのか、とよく考えてみても、やはり趣味としか言いようがない。そして、飼い主である私たちは、その趣味にとことん付き合わされる。

高尚な趣味です。

一応はメリハリをつけるために、匂いを嗅いでよい場所と、そうでない場所を言い聞かせてはいる。それでも、どうしても嗅ぎたい匂いがあるときは、そのような命令も無視して、後戻りしてても嗅ぎに行く。ダメだと言われることを見越して、少し歩を早めて嗅ぎに行くこともある。そんなに嗅ぎたいのなら嗅がせてやるか、となってしまい、結局は甘やかしてしまう。

どうしても嗅ぎたいのです。

匂いを嗅ぐことで、他の犬の情報を取得しているそうだが、縄張り争いとなにか関係しているのだろうか。縄張り争いと言っても、集団生活をしていた犬のご先祖様たちと今の犬たちは暮らしが違うので、本当の意味で縄張りを争っているのではないだろう。習性のようなものが残っていて、ついつい縄張り意識みたいなものが表出するのか。家の庭に誰かが侵入してきて、それに対して吠えるのは理解できるが、由比ガ浜で他の犬に対して地元風を吹かせている犬は滑稽だ。つまりは「縄張り争いごっこ」をしているのだ、ということなのだろう。

まぁ、あの水のあるほうはくれてやろう。(水が怖い犬)

鎌倉には路地や細い道が数々存在する。また、お家と公道の境目が難しいところも多い。「こちらは私有地につき」とか、「こちらは私道です」とか、「このエリアは私有地であることを認識してください」などの看板も見かける。確かに自分の家の敷地に入り込まれて、記念写真などをされていては迷惑であろう。

ただ、その私道もしくは私有地を、通らせていただければ、便利になるのになぁ、という場所もある。私がその土地の持ち主ならどうするだろうか。

この先に行きたければ、通行料をいただこう。

資本制度の世の中で、資本を多く持った者が力を持つルールの中で私たち人間(の多く)は生きている。本来、地面は誰の物でもない。が、それを所有していると、どなたかが言い始め、価格が付けられて、貸借売買されるようになった。

そのようなことで、ここは私の土地だから、勝手に通ってもらっては困る、などということになり、多くの人が難儀することになってしまう。

人間も犬も余り変わりがないと思うのだがいかがだろうか。

勝手に通ってもらっては困る。(君がね)