ユクは「食べ物命」の男だ。
その行動に、すべては食べることのため、という気概を感じる。一度食べ物に目をやると、見逃すまい、というつもりなのか、視線を絶対に外さない。ロックオンという言葉がぴったりだ。また、人間の手をよく見ている。部屋に人間が入ってきたときなど、何か食べ物をつかんで持ってきていないか、を都度確認しているのだ。手に痛いほど視線を感じる。ポケットに手を入れてガサゴソやった手も必ず確認する。それが飼い主かどうかなど関係なく、散歩中でもどこかでガサゴソ聞こえれば確認を怠らない。
ユクが、もう要りません、となったところを見たことがない。いくらでも食べて良い状態ならどこまで食べる気なのだろうか。もちろん実験することは恐ろしくてできない。犬は食べすぎで胃捻転を起こして死んでしまうこともあるそうだから危険だ。ユクが野良犬生活を続けていたなら、そのような事態になっていたのかもしれない。それくらい、食べ物に執着している。
この辺りには禅寺が多いから、禅の教えを思い出す機会も多い。ただし、それは人間がそうであるだけで、ユクに「執着はいかんよ、本来無一物だよ」などと言ってもまったく効果はない。
困るのは、他の犬と一緒におやつを食べるときだ。ユクは、「俺の物は俺の物。お前の物も俺の物」というドラえもんに出てくるジャイアンのような考え方をしているように見える。自分がおやつをもらったら、次は隣にいる犬がもらう番、ということを受け入れられないようだ。理解していないとは思わないが、我慢ができないのだと思う。「ちょっと!それも俺のだからな!」と威嚇してしまうのだ。
威嚇された経験があるから、自分もそうしてしまうのだろうか。威嚇した相手に逆に威嚇されて、以後その犬を恐れるようになったりもしている。
そんな様子を見ていると、もう少し要領良くやればいいのに、とも思うが、気持ちが分からないでもない。
そう、私も「食べ物命」の男だからだ。