ユクとゆく

宮古島で保護された犬、ユクとの暮らし。

犬のくちびる

動物に人間の手から食べ物をやる、ということをこれまでの人生で何度かは、したことがある。ハムスター、猫、カメ、そのようなところだろうか。犬には立派な牙がある。はっきり言って怖い。普段はオテやオスワリを命令していい気なものだが、犬に本気を出されたら、こちらが負けるに違いない。

犬と暮らすことが初めての私は、手から食べ物をやることに躊躇した。手のひらからなら、やることができた。それなら咬まれることがなさそうだからだ。しばらくはそのようにしてやっていた。

小さなドライフードを人差し指と親指でつまんで、犬の口に持っていくやり方には抵抗があった。咬まれてしまうことへの恐怖からだ。ビクビクしていると、こちらが怯えていることを犬に感付かれてしまうのではないか、と要らぬ心配もしていた。

牙あるよ。本気出そうか。

いつも犬の訓練をしているが、これは人間側の、それも態度の訓練である。
臆病な心を奥に隠して、ドライフードを指二本で摘む。ユクにゆっくりと差し出す。ゆっくりと、が重要である。素早く差し出すと、犬も敏捷に咥えに来てしまうからだ。こちらがゆっくりだと、ユクも柔らかくアプローチしてくる。相手の動きが伝染してしまうのは、柔術でもよく見られる。手荒に闘う人の相手は手荒になるものだ。

ロックオン。

そうやってゆっくりと差し出すと、ユクは案外優しくフードを咥える。自分の歯が人間の手に当たらないように配慮しているのではないかと思われるほどに優しい。そのことに気づいてからは、指二本で犬におやつをやることに抵抗がなくなった。

優しくパクリ。

ユクが私の指からおやつを食べるとき、指先の感覚に意識を向けていると、柔らかな感触がある。くちびるだ。犬にもくちびるがあるのか。考えたこともなかった。見た感じ、口の周りは毛で覆われており、くちびるという感じではないが、口の辺りをぐいとめくってやると、くちびるらしきものが見える。犬にもくちびるがあるのだ。

黒いくちびる。

積極的に見ないと犬のくちびるなど見えない。しかし、確かにあるし、触るとぷにょぷにょしていておもしろい。形も人間とはまったく違うので観察のポイントである。