北鎌倉に人通りが少し戻ってきた。蔓延防止法に基づく自粛要請が解除されたからだ。感染者数はまた増加しつつあるが、春の陽気も相まって、道行く人の顔には「コロナ終わった」というような晴れやかさが垣間見える。
もっとも北鎌倉が賑わうのは六月、紫陽花の季節だ。そのころの明月院には、入場を待つ観光客による長蛇の列ができる。それがここ二年は見られなかった。今年の六月はどうだろうか。
北鎌倉駅の近くに、幅の狭い雰囲気の良い道がある。ユクを連れてこの道を抜けて行くことも多い。その日もこの道を通っていた。
人がすれ違うにもぎりぎりの道幅なので、犬を連れていると余計に気を遣う。このような狭い道では、特にリードを短く持ち、自分の横を歩くように犬を誘導するようにしている。ユクなりにうまく歩けているのではないか、と思う。
狭い道の最後で、観光客の方が横に避けて道を譲ってくださった。大変ありがたい。近づいてみると、山登りというほどの装備ではないがハイキングというほど軽くはない格好をされた女性がにこやかに立っておられた。ありがとうございます、と申し上げながら足を早めた。
すると、「あーら!お耳がふわっふわ!」と仰りながら、両の手をご自身の耳の横に掲げてパタパタされて話しかけてくださった。その後も、「お柄がとってもキレイね!犬種は何とおっしゃるの?」と、褒めてくださる。「あ、雑種なんですよ!」と申し上げると即座に、「まぁ、良いところばかりをいただいたのね!」と最高のお返事。終始ユクをにこやかに見つめてくださった。ユクは少し警戒しているようだったが、褒めてもらっていることが少しは分かっていたのか、攻撃性のない顔をしていた。
挨拶の代わりに褒めてくださっているのか、くらいに思っていたが、どうやら本当にユクのことを気に入ってくださったようにも感じられた。「とっても幸せ!気をつけてね!」と笑顔で私たちを見送ってくださった。
そんなにユクのファンになってくれたのなら、妻が作ってくれた、幸運を呼ぶ「そりゃけっさく!キーホルダー」でも差し上げれば良かった。