犬は笑わない。笑った顔に見えることもあるが、それは人間が犬の顔に笑顔を見ているだけで、犬が人間のように笑っているわけではない。では、犬に感情がないかというとまったくそんなことはなく、喜怒哀楽が豊かだ。それは犬と接してみればすぐに分かることだ。残念、うまくいかない憤り、哀しみ、寂しさ、喜び、それぞれを全身で表現する。
犬によっては、吠えて感情を表すタイプの犬もいるだろうが、ユクは怪しい(とユクが判断した)人や犬に対してのみ吠える。うれしいときや催促で吠えることはない。喜びを表現するときも吠えて、「やったぜー!」というふうにはならない。どうするかというと小躍りをするのだ。ジャンプして両前脚を万歳のような格好にして喜ぶ。嬉しくてたまらない様子が全身から伝わってくる。全身で表現しているから当たり前だが。
散歩から帰ってきたらご飯だ。ご飯を出す前に、まずは室内用の首輪に着け替える。さぁ、首輪を着けるよ!と合図すると、人間の胸の高さくらいまでジャンプする。嬉しすぎてジャンプしてしまうらしい。首輪を着け終えると、キッチンにユクの食事を取りに行く。一応お座りの態勢で待っているだけど、立ち上がって万歳のポーズをしてしまう。嬉しすぎるのだ。もらえることは確定しているのに、毎食毎食これをやってくれるので、こちらもとても嬉しくなる。喜びを表現するのは世界を幸せにするようだ。
最近、ユクに屋外用のベッドを買ってやった。なぜかユクは、これは自分の物だ、と分かったようで、広げた途端それに飛び乗ってご満悦の表情を浮かべた。ベッドの上に寝そべって、漂ってくる季節の匂いを嗅ぐのが、ユクの最近のお気に入り時間だ。もしや此奴は風流な犬なのではないか、と思わせるような澄ました顔をしている。
私たちがベッドを準備しているだけで、ユクはそわそわして、ちょっとくぅーんとか言って、そわそわし始める。そして玄関に繋がる扉を開けた瞬間に、玄関へミニジャンプをする。そこは別にジャンプしなければいけないほどの段差でもないし、いつもは普通にトンと降りているくせに、このときばかりはどうしてもジャンプしてしまうのだ。嬉しすぎるのだ。
ベッドでの風雅な時間もおよそ90分である。決まって90分を過ぎれば、ベッドから降り立ち、草を食べたりトカゲやモンシロチョウを追いかけたりし始める。
風流にも時限があるようだ。